北朝鮮非核化への茨の道
引き伸ばし画策する北
安保理決議と期限の設定を
去る6月12日の米朝首脳会談は画期的な出来事であった。つい先程までの米朝間での激しい言葉の応酬、一触即発の核・ミサイルの対立に比べれば、様変わりである。今年初めの頃から米朝双方で融和ムードが始まり、政治・外交ショー的要素が大きかったにせよ、何はともあれ、望ましいことには違いない。しかし、米朝首脳会談について、米朝ともに自画自賛しているものの、果たして手放しで評価できるのだろうか。本稿では、まず首脳会談に臨んだ両国の思惑を振り返り、次いで今後の非核化の行方を考えてみたい。
まず、米国について見てみよう。そもそも北朝鮮問題は米国外交にとって、優先順位の高いものではなかった。オバマ前大統領の「戦略的忍耐」などが、それを示している。それが急にウエートを増したのは、北朝鮮の核・ミサイルの発展によって、米国本土が射程内に入りかかったからである。また、「取引」に自信満々のトランプ大統領は、これまで歴代大統領が果たせなかった北朝鮮の非核化を自分の手で成し遂げたいとの、功名心が働いたのかもしれない。加えて、就任以来、1年半を過ぎた大統領として、これといった積極的な成果もない外交面で、華々しいショーを演出し、今秋の中間選挙につなげたい内政上の野心があったのかもしれない。
他方、北朝鮮の方はどうであったか。北朝鮮の歴代政権の最大の関心は金王朝の存続であり、そのためには米国からの体制保証、そのためには対米核抑止力の開発、保有である。アジア最貧国の一つにすぎない北朝鮮を世界の最強国である米国がまともに扱うはずがないことを北朝鮮は十分に承知している。米国に到達可能な核・ミサイルに遠からず手が届く今となって、米国との対話に本気になったと考えてよい。
かといって、北朝鮮がこの虎の子を、おいそれと手放すはずはなかろう。北朝鮮は韓国、中国、ロシアの後ろ盾を固めて、いわば生存を懸けて、米国と向き合ってきたと考えてよい。非核化といっても、最終目標であり、また北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化であることを忘れてはならない。北朝鮮は核と経済の並進路線を転換したと言っているが、これは外向けの話であることも忘れてはいけない。北朝鮮は海千山千の曲者(くせもの)であり、その本心がどこにあるかを見極める必要がある。
さて、両首脳の思惑がぶつかったシンガポール会談だが、友好ムードいっぱいのショーであったものの、内容は一般論に終始し、詳細、具体化は今後に委ねられた。北朝鮮は具体的な言及を避け、米国側は準備不足であったと言えよう。
米朝共同声明は極めて総論的であり、かつ双方の思惑に大きな隔たりがあるので、今後の具体的には茨(いばら)の道が予想される。その過程での幾つかの問題点について、以下に順不同で列挙してみたい。
まず「完全かつ検証可能な不可逆の非核化(CVID)」は米側をはじめ、国際社会が繰り返し主張してきたところである。これには、核・ミサイル関連施設の完全な申告、その撤去・破壊の完全な検証、将来の再開発能力の消去などが必要であり、これなくしては完全な非核化なる約束は絵に描いた餅になってしまう。北朝鮮は既に大規模な核・ミサイル開発を行ってきただけに、技術的にも大変な作業であり、何よりも最高首脳レベルでの決意が不可欠である。共同声明にCVIDが明記されなかったのは、残念であった。
かつ、検証には国際原子力機関(IAEA)などの技術的参加を求めるとしても、イラクの例のように、強制力のある国連安保理決議が必要である。問題は北朝鮮の協力が得られるかどうかであろう。核実験場の入り口やミサイル発射台の破壊は、それ自体は一応評価するが、それは入り口の入り口で、そのデモンストレーション効果に攪乱(かくらん)されてはいけない。
また、北朝鮮の非核化が完了してから、代償として制裁の解除なり、経済協力が行われる。それまでは制裁を継続するというのが、米側の立場であった。これに対し、北朝鮮は非核化のそれぞれの段階で代償を得るとのアプローチである。中国、ロシア、韓国もこのアプローチを支援しているやに見受けられる。しかし、この段階的アプローチは非核化そのものを引き延ばしかねず、北朝鮮を事実上の核保有国として認めることになりかねない。非核化にはきちんとした期限が設けられるべきである。
さらに共同声明に、北朝鮮の非核化に代えて、朝鮮半島の非核化となる言葉が使われたことは心配である。朝鮮半島となると、米韓同盟条約による韓国での米国の核の傘まで含まれかねず、ひいては在韓米軍の縮小、撤退問題を含め、慎重な対応が求められる。朝鮮戦争終結宣言も問題である。
いずれにせよ、米朝交渉は長く、険しい茨の道が予想され、下手をすると対話路線に逆転しかねない恐れさえある。かといって、トランプ政権が個人的、あるいは内政上の考慮から交渉に前のめりになるのも困る。日本としては、トランプ政権が同盟国と協調して、毅然(きぜん)たる態度で難しい交渉に臨むことを強く望む次第である。
(えんどう・てつや)