成功した米朝会談の大演出
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
熱狂的支持者は高く評価
物言えぬ共和党に内部批判も
世紀の会談ともいわれた米朝首脳会談。まさに世界中が不安と期待の中で注目し、トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の一言一句、ささいな動作をも逃さずそれらを分析し、会談の意義をとらえようと必死の努力を続けた。
両首脳は初めから終わりまで笑顔を絶やさず、固い握手を交わし、長年の友人、あるいは近い友好国の指導者同士のようであった。トランプ政権は金委員長一行のために「男2人、指導者2人、一つの運命」と題した4分間のビデオを用意していた。首脳同士の個人的関係構築が将来のカギ、というメッセージだ。
一方、北朝鮮側は首脳会談の様子を解説するビデオを自国民に放映した。世界から疎外されているどころか、世界の指導国アメリカの大統領と肩を並べ、厚くもてなされ、シンガポール国民にも熱狂的に迎えられている金委員長の姿や北朝鮮では想像もつかない豊かなシンガポールの街並みも写っていた。
アメリカ人の約半数が米朝首脳会談を支持していたが、会談後にCBSニュースが行った世論調査では、トランプ大統領の北朝鮮政策支持が52%、反対が40%であった。支持率がやっと40%を超え、経済政策に対してはトントンであるが、それ以外の内外政策では不支持率がはるかに高いのに比べると、米朝首脳会談はトランプ大統領にとって大成功だったと言える。
しかし、多くの専門家も指摘するように中身となるとはなはだ心もとない。「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」は共同声明には含まれず、非核化は当初米国が求めたように「即時」ではなく、朝鮮中央通信社によれば「段階的」、ポンペオ米国務長官も時間がかかると認めた。北朝鮮の隣国を脅かす短距離ミサイルあるいは化学兵器の廃棄が話題に上がったかも不明である。ましてやトランプ大統領が拉致問題に関し日本政府と協議するよう促したのか、北朝鮮国民の不法で残忍な扱いを問題とする発言をしたのだろうか。
金委員長にとっても米朝会談は間違いなく大成功である。世界が注目する舞台で核保有国としてアメリカ大統領と対等に扱われ、ほんの半年前にはどちらの核ボタンが大きいかを競っていたにもかかわらず固い握手を交わし、両国の関係改善、北朝鮮の安全が約束された。何よりもトランプ大統領に「非常に頭の良いやつ」「とてもタフだ」「すごい交渉力がある」などと褒めちぎられ、ホワイトハウスに招待される可能性も出てきた。
北朝鮮国民は金委員長の姿に深く感動したであろう。しかし、政府作成のビデオから自国の外にある豊かさや自由を見てしまった国民の中から金委員長や政府に対する反発は起こらないのであろうか。諜報(ちょうほう)の歴史の専門家で英タイムズ紙のコラムニスト、ベン・マッキンタイアー氏は、3代にわたる金王朝はいわばカルト集団であり、専制政治、封建制度、見せ掛けの象徴、そして一種の宗教を混ぜ合わせた「信仰」を作り上げたと分析。その「宗教」とはスターリニズム、アニミズム、儒教的伝統にチュチェ思想を混ぜたものと指摘する。
外目には異常と映るような、人々がまるで麻酔にかかったように「指導者」に盲目的に従う例は日本ではオウム真理教、メンバーが集団自殺をしたガイアナ北部の人民寺院、80人が指導者と共に焼身自殺したアメリカ・テキサス州ウェーコのブランチ・ダビディアンなどが有名である。
北朝鮮国民がみな金一族に献身的愛情を感じているわけではないだろう。マッキンタイアー氏によれば熱狂的信者は国民の5~25%と推測され、一部は自分や家族の命を守るために「信者」の顔をしているは想像に難くないが、大規模な反政府運動の機運はなかなか起こらないであろう。
一方、アメリカは自由民主主義を象徴する国である。しかし、コーカー上院外交委員長(共)は、トランプ大統領に盲目的に従う共和党は「まるでカルト」のようになっていると警告を発する。同議員は2018年秋の引退を発表し、トランプ大統領の政策の問題点を指摘したり、言動を公に批判したりしているが、共和党は指導層も含め大統領を怒らせることを恐れていると述べる。トランプ大統領のツイッターや支持者の怒りの対象になれば再選は危ぶまれる。11月の中間選挙に向けた共和党の予備選では、どの候補が大統領に一番忠実かというのがリトマステストになっているとも分析される。
大統領やその支持者への批判が高まるとともに白人男性やエバンジェリカル(福音派)を核としたトランプ支持者の大統領への忠誠心は熱狂度を増している。支持者たちは米朝会談を大成功と高く評価する。大統領は初の米朝会談を実現し、軍事衝突の危険は当面遠のいた。会談は失敗する、大統領は無知で不勉強と大統領を見下していた専門家たちは大統領の失敗を望んでいるだけ。米韓軍事演習停止や在韓米軍撤退の可能性はアメリカの軍と金なのだからアメリカを頼るだけの同盟国に相談する必要はない。トランプ大統領は我々のために堂々とアメリカの利益を守った。トランプ大統領の支持者たちの見方である。
米朝会談という2人の指導者それぞれの熱狂的支持者のための大舞台は、2人にとって間違いなく大成功であった。
(かせ・みき)






