「大勝」という認識でよいのか
権力濫用の「7条解散」
実現には程遠い「国難」回避
第4次安倍内閣が発足した。トランプ米大統領の初来日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)などの外交日程をこなし、安倍総理にとって、目下、最大の懸案事項は、北朝鮮情勢である。同盟国のアメリカとはもちろんのこと、韓国や中国、ロシアなどの周辺国、さらにアジア諸国や広く国際社会と協調し、支持を得るには、自ら北朝鮮情勢を「国難突破」と位置付けた今回の選挙で大勝することが必要だった。敵失という事実があったとはいえ、安倍総理にとっては、政権の継続に自信を持つ結果となっただろう。国際的な緊張が高まる中で、強固な支持が必要であることを考えると、今、政権交代を望む声が国民の中にどれだけあったのかという疑問はいまだ残る。それでも選挙に打って出た安倍総理の判断が正しかったのかは、「大勝」という結果が出ていても、まだ分からないと私自身は考えている。
その第一の理由は、野党の混乱の中で、与党が一番勝てるタイミングを選んで突如、解散総選挙を行ったことである。選挙は、与党(政権)が勝つためにするのではなく、主権者たる国民の判断を仰ぐためにある。今回の解散は、「7条解散」と呼ばれる憲法第7条による解散であった。憲法第7条は、天皇の国事行為を規定する条項であり、その一つに「衆議院の解散」がある。憲法7条に規定される天皇の国事行為は、全て「内閣の助言と承認」を得ることが条件である。それは天皇の政治的権限を制約するためであり、時の内閣の事情によって行うことを可能とするものではない。「7条解散」が悪用され解散総選挙が行われることは、権力の濫用(らんよう)と言ってもよい。
事実、国民は、緊迫した北朝鮮情勢がある中での解散総選挙に「いま、なぜ?」という思いでいた。53・68%という投票率がその証拠でもある。また、与党が「勝てるタイミング」と判断したのは、野党が混乱状態にあり、国民からの支持の高い小池百合子東京都知事による「小池新党」の準備が整っていない現状があったからである。「臨時国会での追及から逃げる」という批判があっても、野党の準備不足を選んだのである。野党や「小池新党」(結果としては「希望の党」)など、国民に選択肢を与えないままの総選挙が史上2番目に低い投票率となり、その中で3分の2超の議席を得たことが本当に「大勝」と言えるのだろうか。
本来、衆議院の解散は、憲法69条の規定通り、国会で不信任という結果が出た場合に限り行うべきであり、衆議院は原則として任期を全うした上で、選挙に臨み、国民の審判を仰ぐべきである。総理の解散権の制約を憲法改正の具体的な項目案として、野党が検討しているが、憲法を改正しなくても、内閣が悪用しなければ済む話だ。政治家の良識が求められている。
「大勝」とは言い切れない理由の二つ目は、総理自らが国難と指摘した少子化問題に対して、自民党が掲げた「幼児教育の無償化と、その財源としての消費税増税分の使途変更」という、あまりにお粗末な政策を掲げたことだ。この政策で本当に少子化を食い止めることができると思っている国民が一体どれだけいるのだろうか。
安倍政権は、5年前の第2次政権発足以来、女性の活躍、さらに1億総活躍を掲げ、希望出生率1・8という目標を掲げている。人口が増えるには、数値の上では出生率が2・08必要であり、1・8でも増えない。しかも、政権を挙げて取り組んでいる課題であるにもかかわらず、昨年の出生率は1・4で、前年より0・01低下している。そもそも1・8というのは、昭和59年以降、実現できていない。また人口増に必要な「2」を切ったのも、昭和50年である。出生率の低下は、40年も続く現象であり、母体の数も減っている中で、少子化を止めることなど、絶対にできないのである。
今、日本が直面する深刻な問題は、今でも策を講じれば人口が増えると思っている認識にある。女性も仕事を持ち、家計の収入が増えれば、幼児教育・保育やさらには高等教育を無償化すれば、もっと女性たちが子供を産むと思っている、幻想とも言える認識に浸っていることにある。まさに自民党の「幼児教育の無償化と、そのための財源としての消費増税の使途変更」がその発想を表すものであり、総理大臣がこの発想しかできないことが、「国難」であるのだ。
家事支援や育児支援をどれだけ行っても母体の数の減少には勝てない。この現実を直視し、人口増を前提に作られている社会のあらゆる制度を、人口減、さらに超高齢社会という前提に立ち、作り変えることが、喫緊の日本の課題である。既に毎年約30万人ずつ人口が減少している我が国が、国民が安心して日々を暮らし、これまで同様、世界で高い地位を占めるためにはどうしたらよいかということを考えなければならないのである。
希望の党の「ベーシックインカム」や、前原誠司前民進党代表の「All for All」がすぐに実現可能な政策かどうかは分からないにしても、議論の余地はあったはずだ。また小池希望の党代表が繰り返し述べていた「(消費税の)2%の使い道を変えるくらいでどうにかなる問題ではない」という認識も、これらの事実に照らし合わせれば、正しいのである。それらの議論を封じるかのごとく行った選挙での結果を「大勝」として受け止め、何事もなかったように政権が継続されていくことでよいのか、国民も冷静に考える必要がある。
(ほそかわ・たまお)