地中海東部に展開する露海軍
4個艦隊が交代で常駐
シリア空爆に空母艦載機使用
世界は混沌(こんとん)の時代に入った。予測不能といわれるトランプ米新政権、我流を通す中国、難民・テロで揺れる西欧、このような中、ロシアが着々と地歩を固めているやに見える。
混沌の時代を切り抜けるには、外交の術策と使える軍事力が必要である。ロシアの軍事的布石をシリア情勢に絡めて、地中海東部海域でのロシア海軍の常駐と行動を見てみたい。
2011年2月のシリア情勢の悪化後、地中海海域では、米、英、仏、独などの海軍艦艇の展開数が増加した。ロシア海軍も同様である。
歴史を振り返ると1956年、旧ソ連はエジプトに大量の武器を売却したが、これを機に中東におけるソ連の政治的・軍事的活動が始まり、翌57年10月、シリアのラタキア港に巡洋艦が寄港した。イスラエルとアラブ諸国との紛争、特に67年の第3次中東戦争では米国同様、ソ連は地中海に大規模な艦艇を多い時には70隻を展開した。71年にシリアのタルトゥス港に物資・技術供給所を開設、艦船に物資を供給するとともに整備工作船を常駐、艦船の整備・修理を行っている。73年の第4次中東戦争時には最大時96隻が展開した。またシリアの飛行場に海軍戦闘機も配備し、対艦攻撃用の爆撃機も加わる。またモスクワ級ヘリ空母に続き、75年には垂直離着陸機搭載キエフ級空母を派遣している。
ロシアになっても2012年4月、地中海東部シリア沿岸付近に、黒海艦隊からフリゲート1隻を派遣、常駐させた。13年初頭から地中海東部へ艦船を常時展開させており、同年6月1日には、地中海のロシア海軍艦船を統一指揮するため、「地中海作戦連合部隊」を創設した。構成は、各級艦船10隻程度とし、ロシア海軍の4個艦隊がローテーションを組んで常駐している。
15年9月にシリアでの空爆開始以降、地中海作戦連合部隊の艦艇は増大傾向にある。
北洋艦隊はセヴェロモルスクに司令部があり、ロシア海軍唯一の空母「クズネッツォフ提督」を艦隊旗艦としている。この空母機動部隊が、昨年11月、地中海勤務に就き、史上初めて艦載機による空爆を行った。
そもそも空母機動部隊が地中海に遠征したのは1995年末である。今回は第6次地中海遠征となる。第1次地中海遠征(95・12・8北洋艦隊基地出港~96・3・22帰港。8隻)、財政逼迫(ひっぱく)で中断、12年後に第2次遠征(2007・12・5~08・2・3。6隻)、第3次遠征(08・12・5~09・3・2。4隻)、第4次遠征(11・12・6~12・2・16。6隻)、第5次遠征(13・12・17~14・5・18。6隻)、第6次遠征(16・10・15~17・2・6予定。8隻)である。
第6次を除き、12月に北洋艦隊基地を出港し、翌年2~3月に帰港するというパターンをとっている。バレンツ海沿岸の多くが例年12月末頃から翌年5月下旬まで結氷するという厳しい冬を、地中海の温暖な海域で過ごす配慮もあるのだろう(ただ、セヴェロモルスクのあるコラ半島東部からノルウェー国境付近の約250㌔は、メキシコ湾流からノルウェー海流と続く暖流によって、年間を通じて氷結しない)。
第6次地中海遠征の「空母機動部隊」は、空母、原子力ミサイル巡洋艦、大型対潜艦2隻、補給給油艦3隻、救助曳船であり、このほか黒海艦隊の最新のフリゲート(昨年3月就役)が合流している。また、地中海海域で行動している米および仏の2個空母打撃グループに対応し、北洋艦隊の巡航ミサイル搭載原子力攻撃潜水艦2隻が地中海で行動している。
従来と異なり約2カ月も早く昨年10月15日、空母機動部隊は、セヴェロモルスクを出港、ノルウェー沖(艦載機の飛行訓練を開始)、北海、イギリス海峡、ジブラルタル海峡を経て、地中海に入り、10月27日から29日にかけてアルジェリア沖で給油艦から洋上補給を行う。偵察や発着艦など準備を整えつつ11月12日シリア沖に到着、15日ロシア海軍の歴史上初めて空母から艦載機がシリアの「イスラム国」(IS)の弾薬庫や化学兵器を含む大量破壊兵器生産工場を爆撃した。最新フリゲートもテロリストの施設に対し高精度の有翼ミサイルを発射した。さらにロシア本土から飛び立った戦略爆撃機も時を同じくして地中海上空から空爆している。「戦いなき軍隊は腐る」ので「常在戦場」の心構えを実践している。
ロシア軍の空爆は、シリア政府軍の攻勢、特にシリア第一の都市アレッポ(スンニ派住民が多い)の攻略に大きく貢献している。ただ、空爆はシリアのフマイミム空軍基地を利用すれば事足り、第6次遠征は空母艦載機を実戦で使用することが主目的であった(2カ月間で420回出撃)。
また、タルトゥス港に空母や巡洋艦は接岸できず、沖合に停泊している。昨年末、ロシアとシリアは同港の拡張(海軍基地の拡張及び物資・技術供給所の拡大)に合意し、協定を結んでいる。同港の拡張はシリアのみならず、中東地域に大きな影響を及ぼすだろう。
(いぬい・いちう)