大勝負に出た首相の総選挙
政治主導に要る決断力
国民の命を守る政治の使命
衆議院解散の時期をめぐる臆測は、政治の世界では常にあるものとはいえ、年末解散・総選挙がその選択肢の一つであると考えていた人はほとんどいなかったはずである。与党議席326議席、内閣支持率も、上下することはあっても、平均40~45%を維持している「安定政権」を台無しにするかもしれないほどの、いわゆる選挙の「大義」が見つからないからである。
経済指標がこのところ悪化しているとはいえ、アベノミクス、特に第三の矢である「成長戦略」が実を結ぶのにはまだ時間が必要だということも、これまでの政権とは違う「顔」のある外交政策も、大きな方向性として安倍政権をよしとする国民感情が高いことを考えれば、解散・総選挙は、安倍政権にとってはもちろんのこと、国民にもリスクの高い選択であると考えられてきた。
年間の復興予算の3倍とも言われる選挙費用をかけてでも、絶対安定多数の与党勢力を棒に振るかもしれないというリスクがあっても、また「何も、この年末に」という国民からの“ヒンシュク”を買ってでも、安倍総理は大勝負に出た。選挙になってしまった以上、有権者たる国民も、この際、この選挙について、しっかり考える責任がある。
11月21日付産経新聞「正論」欄で、政治評論家の屋山太郎氏は、今回の選挙を、「官僚主導の政治形態を終わらせるかどうかの重要な節目」と指摘している。増税による国庫の増収を任務とする財務省に対し、経済の実態、それも消費増税以来、悪化が顕著であるという事実に照らして今は増税の時期ではないという考えの安倍総理。財務省に押し切られる形で増税を決断するのと、総理が主導して増税を延期するのと、どちらが正しいのか、それを明らかにする選挙であるということだ。
安倍総理が、再び国民からの大きな信任を得られれば、「官僚主導の政治形態を終わらせることになる」のである。民主党政権以来、「政治主導」が望まれてきたが、ようやく、それが実現できるのかどうかというところに来たのである。安倍内閣の経済財政関係の閣僚、与党幹部がそれでも「増税実施」を主張する中で、いくら総理大臣とはいえ、安倍総理はよく踏ん張ったと言えるのではないか。
もちろん、量的緩和による株価上昇と円高是正を、アベノミクス第一の矢として放ち、株価はともかく、円安の副作用が強くなりすぎている現状、また第三の矢の「成長戦略」も過度の女性の活用などでまた副作用が強くなるのは明らかな政策なども含まれていることから、アベノミクスのすべてを評価することはできない。
しかし、総理大臣として、あるいは政治家として一番重要な「国民のために」決断するという強い信念という意味においては、総理大臣の決断を評価したい。
「官僚主導の政治形態を終わらせる」必要がある重要政策の一つに北朝鮮による拉致問題がある。10月末に、日本政府の拉致問題の担当者が、北朝鮮からの要請によって平壌に行った。その成果を、安倍総理は、「拉致問題が最重要課題であることを、改めて明確に北朝鮮側に伝えた」と述べた。この文言から察すると、北朝鮮は拉致問題を最重要課題であると認識していなかったことになる。
もちろん、拉致という犯罪を30年超も誠意を持って解決しようとしなかった北朝鮮に一方的に非があるのだが、拉致問題に関する政府間の交渉となると、日本の対応の不十分さを指摘しないわけにはいかない。この交渉で「改めて」北朝鮮側に伝える必要があったのも、今回の交渉の土台となっている今年5月の日朝間のストックホルム合意では、拉致問題が最重要課題と明記されていなかったことによる。
また、遺骨問題、日本人妻の帰国問題など人道問題と、拉致という犯罪(刑事事件)とを一緒に交渉するということは、外交交渉として間違っていると、元拉致問題担当大臣の中山恭子氏は、早くから指摘をしていた。平和的、友好的な交渉を行うことを任務としている外務省では、警察による調査が必要な刑事事件である拉致問題の交渉は不可能であるということである。
つまり、ここでも、日朝国交正常化を第一の目的とする外務省主導の交渉では、一向に拉致被害者の全員帰国は達成できないと考えた安倍総理が、ひそかに軌道修正に出たと考えてよいだろう。もちろん、多くの国と国交を結び、友好関係を築くことは日本人のためにもなる。しかし、それで、拉致被害者の人権・命が軽んじられていい訳がなく、そこは、国民の命を守るという使命を持つ政治が主導して、ことに当たらなくてはならないのだ。
国民は報道によって、政治の事象を知ることになるが、これらのことは報道を表面的に受け止めるだけでは到底理解できないことであろう。有権者は、政治に審判を下す日までの間に、多くの専門家による見解に触れ、国民として政治に何を求めるのか、しっかりと考える努力をしてほしいと思う。
(ほそかわ・たまお)