ウクライナ危機と軍の動き

乾 一宇ロシア研究家 乾 一宇

露軍臨戦下で駆け引き

火を噴くソ連崩壊後の対立

 時は巡る。ソ連崩壊を20世紀最悪の地政学的惨事と嘆いたプーチン大統領に好機が巡ってきた。父祖の地キエフ=ルーシ、そのウクライナの政治的混乱に乗じ、クリミアを併合し、いまもウクライナ東部をにらんで部隊を展開している。

 第2次大戦中、連合国側は領土不拡大を宣言していたにも拘わらず、大戦後、米英合意のもと、ソ連は欧州正面で国境を西方へ押し出し、ブルガリアを除く東欧諸国に陸続きに接するようにした。ウクライナ正面ではポーランド東部200㌔を併呑(カーゾン線)、トコロテン式にポーランド(波)はドイツ東部を獲得、独・波国境はオーデル・ナイセ線となった。

 クリミアは軍事的要衝で、黒海をおさえる海軍基地があり、1954年ロシア共和国からウクライナ共和国に移管された因縁の地である(*)。

 ソ連が崩壊したとき、連邦構成共和国はそれぞれの領域で独立した。エリツィン・ロシアは、ゴルバチョフ大統領(当時)を引き摺り降ろすという大政変を成した達成感から、クリミアの失地回復を強く求める余裕がなかった。

 また当時、各共和国は独立はしても、単一通貨、統一経済圏を共通認識とし、旧ソ連軍は統一軍隊として全共和国=独立国家共同体(CIS)で保持する構想であった。ところがウクライナのみが他の共和国に先立ち真の独立を目指し、いち早く自国軍を創設、CIS統一軍構想は潰れた。

 独立後、ウクライナは西欧寄りか、ロシア寄りかで政権が揺れ、経済は不安定なままで終始していた。ロシアはウクライナが西欧に傾くのを防ぎ、CIS諸国と協調するよう陰に陽に働きかけていた。軍事ドクトリンで潜在的脅威とみる北大西洋条約機構(NATO)にウクライナが加盟することをあらゆる手段を用いて阻止してきた。かつて東西ドイツが統一を計ったとき、ゴルバチョフ・ソ連はNATOを拡大しないという欧米の確約のもと統一を容認した経緯もある。

 国際法では、ある国の一地域が住民投票により独立や他国への編入を決めても、中央政府の承認なしにはその行為は正当とは認めていない。ウクライナ憲法でもこれを明記しており、今回のクリミアのロシア編入は国内・国際法から正当ではない。

 それにしてもウクライナ軍は自制し、中立を保っている。

 ヤヌコビッチ大統領(当時)は、2月20日、参謀総長V・ザマナ大将に、キエフ独立広場の反政府勢力への対応として部隊展開を命じたが、同大将はこれに応ぜず、解任された。

 2月22日、ヤヌコビッチ政権は崩壊、暫定政権が誕生したが、軍は政治危機に介入しないと表明、中立を保持している。暫定政権に任命されたD・ベレゾフスキー海軍総司令官が任命翌日の3月2日クリミアを訪れ、クリミア新政府に忠誠を表明している。軍人も各種各様であるが、クリミアを含め、ウクライナ軍とロシア軍の武力衝突は生じていない。

 ロシアは、ウクライナ政変を受け、2月26日~3月3日の間、ロシア西部国境で15万人規模の大演習を行った。さらに3月13日~31日、南部国境で空挺部隊など8500人規模の演習を実施した。ロシアの同盟国白ロシア(国境からキエフまで100㌔)にもロシア空軍は戦闘機SU27などを展開させ、演習に参加した。そして、ロシア軍は今なお、空軍を含め数万人の部隊がウクライナ国境に臨戦態勢で展開している。

 ロシア国防省は、3月31日、ウクライナ国境に展開する部隊の一部が演習を終え、撤収を始めたと発表した。だが、撤収規模は二千数百人程度とみられ、数万人規模で展開しているロシア軍の一部の撤収でしかないと思われる。

 これを裏付けるように、3月30日、帰米していたブリードラブNATO欧州連合軍最高司令官兼米欧州軍司令官が滞在予定を切り上げて急遽(きゅうきょ)欧州に戻った。4月2日、同司令官は、国境地帯のロシア軍部隊に関し、ウクライナに侵略作戦を実施すれば「3~5日で目的を達成できる」状態にあり、事態を極めて懸念していると述べている。

 一方4月2日、ロシアはクリミア地域を、大統領令によりロシア軍南部軍管区(主としてイスラム対処)に編入、軍事的な管轄手続きを終えている。

 5月25日に、ウクライナ大統領選が予定されている。内閣の構成やその姿勢を有利にするよう、欧米とロシアは外交、経済、軍事で駆け引きを行っている。

 7月には、ウクライナ西部リビウで、ウクライナ、米、英、加、独、波、グルジアなど12カ国の合同演習「ラピド・トライデント2014」が予定されている。

 ロシアはここしばらくは国境周辺に兵力を展開、軍事的圧力をかけ続けるだろう。

(いぬい・いちう)

 (*)ゴルバチョフ元大統領は、これに関し「(ウクライナへのクリミア移管は)ソ連共産党が住民に問わずに決定したが、その過ちを今住民が直している。これは歓迎すべきで、制裁を科すべきではない」と主張している(モスクワ時事3・17)。