リトアニアと「16+1」 中国を悩ますカナリアたち
今年はミャンマーやアフガンの歴史時計の針が20~30年も逆戻りし、民主主義の後退が言われ、何より中国とロシアの不自由化が加速している。専制主義と中国の影響力が一段と拡大した年となりそうだ。
中国は今年もコロナ禍対応を柱に「中国・南アジア協力会議」を定着させるなど、多国間協力機構・枠組みを主導する戦略を進めている。世界各地の中小国が中国の手の平に乗りつつある。
だが、手の平の上から中国を怒らせているグループがある。12年に中・東欧の旧共産圏諸国を相手に作った枠組み「16+1」だ。
そのメンバーのリトアニア(5月に離脱)、チェコ、ポーランド、スロバキアは今年、台湾にコロナ・ワクチンを贈与・約束した。日米以外はこの4カ国だけの「対中国逆ワクチン外交」である。
数量は小さいがシンボル的意味は大きい。今月ポーランドからのワクチン空輸便が台湾に到着した時は、中国の戦闘機群が台湾の防空識別圏に入って“お出迎え”し、不快感を示したという。
もう一つ中国を大いに苛(いら)立たせたのが、6月の国連人権理事会の中国人権問題共同声明合戦での「16+1」諸国の動向だったろう。12カ国(リトアニアも含め)が中国非難声明に参加した。一昨年はリトアニアなどバルト3国だけだったが、昨年は6カ国、そして今年と倍々増した。今年中国支持声明側に名を連ねた「16+1」は、セルビアだけだった。
「16+1」メンバーの対中不協和音は、一昨年のこの声明合戦あたりから表面化し、昨年8月チェコの上院議長代表団が台湾を訪問して増大した。そして今年5月、中国批判派の急先鋒(せんぽう)、リトアニアが枠組みを離脱し、逆ワクチン外交と共に7月に台湾との代表部相互設置方針を発表した。それも「台湾代表処」の名称だから中国は怒り心頭、8月に大使を召還し、リトアニア産品の輸入も制限した。中国の環球時報は「頭のおかしいちっぽけな国」「中露、ベラルーシが協力して罰を加えよう」と罵(ののし)った。
中国には「16+1」で、欧州にひびを入れ分断したいとの企図もあっただろう。セルビアや強権色を強めるハンガリーなど、多量の中国製ワクチンを受け取り感謝している親中派もいる。だが旧共産圏がほとんど(ギリシャが19年に加入)でも12カ国が欧州連合(EU)に加入し、米NGO「フリーダムハウス」の最新自由度調査では、11カ国が「自由な国」に分類されている。中国批判派には、「16+1」も「一帯一路」も余り自国の利益になっていない、との失望感があった。
そこへコロナ禍を通じて露呈した中国の情報隠蔽(いんぺい)体質と台湾いじめ、ウイグル、香港問題などで対中距離感は一層強まった。批判派の国の政府や議会は、中国の圧力や脅しに抗するチェコ、リトアニアを応援したり、台湾の世界保健機関(WHO)参加や台湾海峡の静穏を求める決議、ウイグルの状況をジェノサイドと断定する決議などを採択したり、中国企業の参入を拒否し、中露のスパイ工作についてEUに警鐘を鳴らしたりで、中国に個別にジャブを放ってきた。
リトアニアなど、人口は中国の500分の1、国内総生産(GDP)は270分の1に過ぎないが、ランズベルギス外相が「我が国は(危険を感知する)『炭鉱の中のカナリア』。小国が中国からの政治・経済的圧力にどう対応すべきかを知らせる役だ」と胸を張っている(米フォーリンポリシー誌)。
カナリアたちの抵抗にエールを送りたい。中国が「世界は思い通りに行かない。中小国ですら」と認識することが絶対重要と思うからだ。
(元嘉悦大学教授)