韓国海軍の空母建造計画に思う
元統幕議長 杉山 蕃
「いずも改修」が引き金に
中国の軍拡に対処する意義も
今回は、韓国海軍の空母建造に関連して若干の所見を披露したい。昨年8月韓国国防省は韓国海軍の空母建造を公表した。以後半年、韓国国内での有力諸紙の反対論をはじめ、米中両国でも疑問の声が上がるなか、年末の作業で10億ウォンの初年度予算がスタートした。100億ウォンといわれた要求額に対し、やや腰砕けの感もするが、2022年基本設計、26年建造開始、33年就役の計画という。今後の推移を観察するとともに、我が国の対応を検討すべき事案であり、三つのポイントに整理する。
対北抑止力にはならず
第一点は、韓国内および国際的な疑問の声が高い、「空母が必要な軍事環境であるか」という指摘である。海外領土を持たず、領海もさして広いとは言えない韓国は、防衛力の主体は対立する北朝鮮への抑止力、侵攻された場合の対応力が重点と見るのが当然で、空母部隊の建設には首を傾(かし)げるのが率直な所見である。
25年前、金泳三大統領時代、近代的海軍への脱皮の一環として、空母および6隻の護衛艦からなる海上機動部隊建設の動きがあったが、合同参謀本部をはじめとする反対意見で、挫折した経緯がある。軍事的に陸戦主体の北朝鮮への対応に、抑止力、費用対効果の面で日の目を見なかったと承知しているが、その観点からは今も変わらない。
第二の視点として、肯定的に考えると、空母4隻の建造を公言し、異常な膨張を続ける中国海軍の昨今の状況、特に大連は空母建設の根拠港と見られることから、黄海方面での洋上防空には十分な航空力発揮基盤が必要と言えるかもしれない。特に韓国には米海軍部隊が駐留していないことも考慮する必要がある。しかし何よりのトリガーは、我が国の「いずも型」護衛艦(DDH)のF35B戦闘機運用能力改修にあると見るのが妥当であろう。
韓国軍の海空装備は、わが自衛隊の新規装備に追随する形で進められてきたと言えるのが昨今の状況である。我が国がイージス艦の導入を行えば世宗大王級イージス艦を導入、DDH(いずも級、ひゅうが級)を整備すれば独島級DDHを導入、航空機ではF15、F35を時期は遅れるものの、全く同様に装備を進めてきたのである。従って、「いずも改修」の決定に伴い、空母建造に踏み切った背景も同一線上の国民感情があるものと考えられる。
少しく歴史を振り返ると、韓国にとって西洋文明が一斉に東アジアに押し寄せてきた19世紀中期、我が国は「脱亜入欧」を決断し、西欧文明の受け入れ、必然的に防衛力強化の道を歩んだ。しかし事大主義感の強い韓国は、文治国家として、軍事軽視の道を辿(たど)り、その結果、惨憺(さんたん)たる時を過ごした。今に至るもその後悔の念は察するに余りある。
そして今日、歴史上の反省から、近隣諸国に伍した防衛力を整備していかねばならないという方針は、歴史上、民族自決上の強い教訓事項であり、最も基本的な精神要素であろうことは、隣国たる我々も肯定すべきところであろう。
第三点は、さらに視点を広げて、東アジア地域の海軍航空への各国の注力という面から見る必要がある。もちろん発端となったのは、大洋進出を公言し、空母機動部隊の建設に走っている中国の姿勢にある。機動部隊のみならず、戦略原潜部隊、南シナ海島嶼(とうしょ)の軍事基地化と一方的な領海宣言、さらにインド洋、太平洋の諸国にアプローチし、海外活動拠点を確保する動き等、国際秩序の観点から憂慮すべき軍事的拡張は凄(すさ)まじい。必然的に隣国たる我が国、そして韓国が対応力を強化する動きにあるのは当然と言える。
5カ国が洋上で競合へ
そして、最近の海軍航空の趨勢(すうせい)から、大型空母よりも軽空母・強襲揚陸艦に垂直着陸機を装備する動きが顕著であり、この傾向は拡大していくものと考えられる。従来この地域における海軍航空は、横須賀を母基地とする米第7艦隊の一人舞台であったと言って過言ではない。
しかし、今般の動きから10年後には、米中露日韓の5カ国が、洋上に翼を広げる厳しい環境となる。特に我が国は長大な列島配置であり、軍事的に極めて緊要な水峡、国際海峡を有し、海上主権の管理をはじめ、種々の問題が生起する可能性が大である。近未来を適切に見極め、応じ得る対策を先行準備する必要性を痛感する。
(すぎやま・しげる)