脆弱化した北朝鮮・金正恩体制

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

経済政策の失敗を認める
空念仏の「人民大衆第一主義」

宮塚 利雄

宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄

 北朝鮮の冬の寒さは厳しいと、前回も書いたが、この時期の朝鮮半島や中国東北部はいわゆる「三寒四温」がはっきりしている。「3日間耐えると暖かくなるから、3日を乗り越えよう」との決まり文句で、この季節を皆で励まし合う、と脱北者が語っていた。ただ、三寒の日も四温の日もマイナスの気温が続くと、太陽の日差しが眩(まぶ)しい昼間は、この陽光を浴びられる一番の幸せな時間だ。朝鮮半島北部の山間地域に住む人たちは夜の「火喰(ひく)い」(薪(まき)などで暖を取ること)と共に、日中の太陽光を大事にする。

厳寒の中、軍事パレード

 このように寒さが厳しい冬季に、北朝鮮の金正恩総書記は1月14日の夜、第8回朝鮮労働党大会を祝う軍事パレードを挙行した。当夜は零下8度の寒さで、ヒナ壇に姿を現した幹部らのうち、金正恩、金与正、趙甬元(金総書記の最側近)、玄松月(金総書記の秘書役で元歌手)の4氏のみが、黒光りする高級黒皮コートを着用しており、手袋をはめているのは金正恩総書記だけだった。

 なぜ私がこの4人の黒皮コート着用の話を持ち出したかというと、「冬に、日差しが入る窓際の席に座る者は権力者の象徴だ。反対に、夏の窓際には一番力がない者が座る。教室には冷房施設も、太陽光を遮るカーテンも存在しない」という話を聞いていたからである。

 金正恩総書記は党大会で「現在、農村をはじめ市郡の人民の生活が非常に困難で立ち遅れている」とし、「これからは地方経済を発展させて、地方の人民の生活向上に注目を向ける」と約束し、党の指導理念も「人民大衆優先(第一)主義」に変更したばかりであった。

 この日の閲兵式は3カ月前に行われた朝鮮労働党創建75周年記念の深夜の閲兵式よりも1時間ほど短かったというが、寒波の中、照明で平壌を舞台にし、閲兵式を楽しんだというから、どれほど朝鮮人民からは懸け離れた「人民大衆第一主義」なのか。

 北朝鮮は国連安保理による経済制裁によって経済が行き詰まり、コロナ防疫体制の強化策として国境を閉鎖した。北朝鮮貿易の9割以上が中国とのものであるが、その貿易額もほぼゼロに近い水準まで減っている。この結果、北朝鮮の市場からは中国製品はほぼ姿を消したようだ。中国の朝鮮族の密輸業者は北朝鮮側から「砂糖や調味料などの調達依頼が多い」とのことだった。

 知り合いの朝鮮族の密輸業者は「夏でも冬でも、中朝関係がどうなろうと、俺たちは密輸を続けるし、これしか生きていく方途がないんだ」と言っていた。だが、今度ばかりは警備体制が厳しいようなので、酷寒の中で凍てつく鴨緑江の対岸にいる密輸仲間と連絡を取り合っているのだろうか。

 私はもう10年以上も前になるが、凍てつく豆満江を中国側から北朝鮮側に渡ったことがある。凍った川の氷の厚さは10㌢くらいだった。ものすごい勢いで水が流れていくのを見ながら渡ったが、案内人が「これしきのことで怯(おび)えていたら飯は食えないよ」と言っていたことを思い出した。

 金正恩総書記は党大会で2016年から20年にかけて実施した「国家経済発展5カ年戦略」の失敗を認め、国民に「自給自足」を促した。一方で「核兵器を小型化して能力もさらに高め、米国の首都ワシントンを射程に捉えた核による先制・報復攻撃能力の獲得を目標にする」と嘯(うそぶ)き、米国を「最大の主敵」と称し、米国の対北敵視政策を理由に改めて核保有を正当化した。

空々しい習主席の祝電

 このような金正恩氏を総書記に推戴(すいたい)する決定書では「主体革命の卓越した指導者」などと過剰な表現で褒めちぎったようだ。こうした誉め言葉でも付けない限り、金総書記への国民の不満を解消することはできないほどに、金正恩体制の基盤は脆弱(ぜいじゃく)化している。

 狡猾(こうかつ)な中国の習近平主席は金正恩氏の総書記選出の祝電で「全朝鮮労働党員と朝鮮人民の信任、支持、期待を体現した」と称賛したが、北朝鮮の誰もがこのようには思っていない。

(みやつか・としお)