米人種差別と拉致問題

「あんたに言わせたくない」

 米国の黒人差別抗議デモと、横田滋さんの死去に関する反応や論評では、「あんたに言う資格があるか」と思うことが多かった。

山田 寛

 

 中国、北朝鮮、ロシア、イランなどはここぞとばかり米非難を展開した。

 中国外務省報道官は「米国は香港の独立やテロの支持派を英雄、戦士とし、人種差別抗議者は暴徒と呼ぶ。二重基準の典型だ」と主張し、「中国は人種差別と戦うアフリカ人と共にある」と強調した。

 ちょっと待って。中国は4月、コロナ問題でアフリカ人への差別を猛批判された。広州市で、アフリカ人にだけ何回も検査を強制し、アパートから追い出し、外出を禁止し、商店が黒人客を拒否したりした。アフリカ諸国の駐中国大使から差別即刻停止を求められたばかりではないか。

 中国での対アフリカ人トラブルは、1980年代から様々起きてきた。アフリカ人留学生の差別抗議デモや、中国人学生の大群の留学生宿舎襲撃事件もあった。中国女性を誘惑するなとか些細(ささい)な理由でももめた。漂白力抜群でアフリカ人を中国人に変える洗剤のCMや、アフリカ人とゴリラなどの表情を並べた写真展も非難された。アフリカでの中国企業の人種差別、中国料理店の「アフリカ人お断り」掲示なども時々問題になった。「共にない」のである。

 北朝鮮は党国際部報道官談話、人権研究協会(??)の声明などで、「米人種差別こそ世界最大の人権問題。人種撲滅政策だ」と論じた。

 しかし他民族侮辱が十八番の北朝鮮。黒人侮辱の極みは14年の朝鮮中央通信のオバマ米大統領非難だった。「性悪の黒サルめ。アフリカの動物公園でサル仲間と暮らし、投げられたパン屑(くず)をなめていればピッタリだ」

 ロシア外務省も、「米国の悲劇。米国は今後、ロシアのあら探しより米市民の権利を保護すべし」と強調した。

 だが、ロシアも近年過激な民族主義が高まり、アフリカ人を怯(おび)えさせている。

 要するに中朝露3国が自国のことを棚に上げ、黒人問題を米攻撃に政治利用しても説得力はない。黒人への共感がないからだ。

 横田滋さんの死に関して私も一言言いたい。

 朝日新聞はコラムや記事で政府の「無策」を攻撃、毎日新聞の牧太郎編集委員もブログで「安倍晋三は横田一家を騙し…総理大臣になっただけ」と酷評した。TBS番組の「サンモニ」では、青木理氏が「何も進まなかった。安倍政権の外交って何だったのか」と言った。

 だが滋さんの息子の哲也さんも言及したが、反省すべきはメディアだろう。

 拉致が一部明らかになっていた90年代初め、金日成主席と会見した朝日、共同通信がこの問題を少しでも提起していれば、状況は違ったかもしれない。被害者家族会ができた97年ごろも、02年の被害者5人帰国の興奮が去った後も、メディアの熱は低かった。

 99年、朝日社説は「拉致疑惑」が日朝国交正常化の「障害」だとし、01年、雑誌「世界」で和田春樹東大名誉教授が「めぐみさん拉致を断定する根拠はない」と主張した。TBSでは02年、筑紫哲也氏が「拉致された人たちに過失があるとすれば日本人に生まれたこと」の“名言”を残し、08年のサンモニで毎日の岸井成格特別編集委員が「拉致問題を言い続けているのは日本だけ」と言った。15年放送のドラマで、被害者救出のブルーリボンバッジを、収賄で逮捕される政治家の胸にわざわざ付けて見せた。19年、朝日の論座で和田春樹氏がまた「国交正常化が先」論を展開した。

 言論の自由は絶対重要だが、拉致問題を軽視した「マイナス策」の人たちに、「無策」を難詰する資格はない。

(元嘉悦大学教授)