コロナ禍の国際政治への影響
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
米の対中抑止力が低下も
中国、海軍演習行い挑発的行動
中国武漢市を発症源とする新型コロナウイルスによる肺炎(コロナ禍)は、今日100カ国以上に伝播(でんぱ)が拡大し、感染者180万人、死者11万人を超えており、人類はワクチン開発など国境を越えて人類の生存を懸けた戦いが求められている。にもかかわらず、現実の国際政治ではなお冷戦的な厳しいいがみ合いが続いている。米国はこの疫病を「武漢ウイルス」と呼び(トランプ大統領は「中国ウイルス」と呼称)、これに中国が反発するなど形を変えた覇権争いは続いている。実際、コロナ禍は米大統領選挙など関係国の国内政治に影響を与えるのみならず、世界経済にも多大なダメージを与え、さらに国際政治でも安全保障分野にまで波及している。
模範にならぬ中国の手法
今次コロナ禍は、周知のように中国の武漢市で本年初めに発症し、一部の医師の忠告にもかかわらず初動対処が遅れ、2月を迎える時点で中国31の全省・自治区に蔓延(まんえん)していた。中国の本格対処は20日の習近平国家主席の指示からで、初動対処の遅れが拡散につながったと国際社会から批判されている。国際保健機関(WHO)の対応も、中国への過剰配慮で新型ウイルス対処の警告が遅れた。
中国はコロナ禍を封じ込めたと勝利宣言を出し、その成果は共産党統治体制の優位にあると誇示しているが、政治的なプロパガンダ臭が鼻につく。コロナ禍の先行事例としての中国の防疫医療データは重要であるが、中国の統計数値そのものに米仏両国や中国国内からも疑念が出されている。さらに中国の封じ込め手法は多分に強権力発動など権威主義的な独裁体制下で実行できたものであって、他国には模範とはならず、そのまま真似(まね)のできるものではない。
当初、米側から武漢ウイルス研究所絡みで軍の病毒研究所による生物兵器開発部門からの不用意な漏洩(ろうえい)説が出された。逆に中国側からは、昨年11月に武漢市で開催された世界軍人オリンピックに参加した米軍人がウイルスを持ち込んだとする陰謀説で反発するなど不毛の応酬となり、今日の米中外交問題にまで発展している。
さらに安全保障上、看過できない事例も発生している。コロナ禍で北大西洋条約機構(NATO)は軍事演習を縮小させ、米韓合同演習も縮小させた。そのような2月初頭に、事もあろうに中国は給油艦を伴った新型ミサイル駆逐艦4隻をハワイ沖にまで進出させて海軍演習を実施し、17日にはグアム島周辺で米哨戒機にレーザー光線を浴びせる挑発的な危険行動までさせていた。
加えて西太平洋に展開中の米空母「セオドア・ルーズベルト」に3月下旬、乗組員に感染者が発生し、そのために3000人近い乗員をグアム島に上陸させる事態になった。米国のインド太平洋地域の対中抑止力の低下の問題も浮上している。
コロナ禍の世界的拡大の初段階は近隣国だけでなく、イタリアやイランなど国際政治や「一帯一路戦略」などで中国と密接な交流のある欧州や中東の関係国家に広がった。次いで米国にも感染し、3月26日時点で感染者数は中国を超えて世界一となり、今日50万人を超えている。イタリア、スペインなどでも10万人を超える感染者や1万人を超える死者に増え続けている。
またコロナ禍によって世界の工場や市場の役割を担ってきた中国経済の沈滞の影響も大きく、経済活動の低迷も各国経済を襲っている。
見てきたようにコロナ禍は先の第2次大戦以来の出来事であるが、その対応はなお国境を越えた全球的なものとは程遠い水準にある。また米大統領はこの事態を「戦時」と規定し強硬態勢を取っているが、翻ってわが国は緊急事態宣言を出したものの自粛要請にすぎず、私権に対する強制力を有し、都市封鎖もできる宣言にふさわしい実行性を持たせるよう憲法の改定も必要ではないか。さらに平和ぼけの国民意識の改善や非常事態への対応に当たっての社会的覚悟なども必要で、国民側の意識変革に目覚める好機とする必要もある。
緊急事態への法整備を
これまでもクルーズ船のコロナ対策支援に当たって自衛隊が出動し地道な対応が効果を生んできたが、多くの制約にもかかわらず一人の感染隊員も出さずに大きな成果を上げた。今次の緊急事態宣言に伴い自衛隊の災害派遣も増えようが、その時の権限等活動の根拠の明示などの法整備や病院船の建造や管理・運営などなど体制強化もこれからでも進める必要があろう。