海自護衛艦の中東派遣に思う
元統幕議長 杉山 蕃
頻度増す国際安保活動
日本の参画の在り方議論を
令和2年2月初頭、出港した海自護衛艦「たかなみ」(4650トン)は、本稿が掲載される頃にはアラビア海到着、アラビア半島南方海域、日本のオイルルートの重要部で、安全運航のため、「調査・研究」の資を収集する活動を開始していることであろう。本件はホルムズ海峡南方オマーン湾北部で、我が国のタンカーが直接被害を受けた事案への対応で、困難な国際問題に対する重要な行動であるが、底深い事情もあり、所信の一端を披露したい。
二重のイラン軍事組織
論点は二つである。第一点は米国が本件の主犯と位置付けるイラン革命防衛隊なる軍事組織の理解である。イランの軍事組織は、世界的に珍しい二重構造となっている。一つは列国と同様、最高指導者の傘下にある国軍で、陸・海・空・防空の4軍編成で42万人といわれる大型の軍隊である。
他の一つが革命防衛隊と称される軍事組織で国軍とは異なる指揮系統で最高指導者の指揮下にある。起源は、イスラム革命後、当時の国軍はパーレビ体制下からの延長で、イスラム革命側としては必ずしも信用できない面があり、これに対応するため新政権の親衛隊的な見地から創設されて今に至るとされている。組織的には13万人に達する規模で、この他に1万5000人の特殊部隊、30万人の予備役部隊を持つ大組織である。
特徴は、読んで字のごとくイスラム革命の守護者であり、政治的、経済的に大きな勢力を持っている。強硬派で鳴ったアフマディネジャド前大統領はじめ議員・知事の半数以上は革命防衛隊出身といわれる。中でも「コッズ」と呼ばれる特殊部隊のテロ活動は世界中に及んでいる。先日イラク空港で米軍により殺害されたソレイマニ司令官はこのコッズの指揮官で、中道派大統領の手に負えない急進派であったといわれている。
このような複雑な軍事力を背景に持つイランが関与しているとする見方が強い海域での活動は、生易しいものではない。昨年夏、続いて生起した3件のホルムズ海峡付近の攻撃・拿捕(だほ)事件で、現場処理を牛耳ったのは、革命防衛隊艦船であることを考慮し、本任務が、対立を深めるイラン情勢に関連する極めて高次の行動であることを認識する必要がある。海賊対処と異なり、派遣部隊にとっては重い負担であるが、旺盛な警戒心を持って任務に当たってもらいたいと考えている。
第二点は、今回浮き彫りにされた、国際安全保障の問題である。今回の事件は、世界経済に大きく影響するエネルギー資源の流通に打撃を与えるものであり、国際的に看過できるものではない。米国を中心に国際有志連合による対応の動きが始まったのは当然の帰趨(きすう)である。我が国のホルムズ海峡通行量は、中・印と並ぶ最多国の一つであり、安全通行への貢献は我が国の「責務」と言ってよいであろう。
このような国際的な安全保障活動への我が国の参画要請は、今後も拡大していくであろうことを覚悟せねばならない。北朝鮮の経済封鎖、ジプチ海域の海賊対処、南シナ海の「自由航行作戦」等、国際安全保障活動の頻度は増しており、そのたび、憲法解釈が問題視され窮屈な対応に追われている。平たく言えば、町内の火災予防の「夜回り」に参加しないのかといった国際常識と我が国の特異性とのせめぎ合いとも言える。
かつてアフガン対処におけるヨーロッパ有志連合の派兵に際し、域外に派兵しないとする基本法(憲法)を有するドイツが、苦吟の末、派兵に踏み切って国際協力の実を挙げたことを想起する。今回は米国の対イラン共同包括行動計画からの離脱(昨年5月)・経済制裁の強化に端を発したイスラム過激派のテロ活動(5、6、7月)との見方が強く、底深い対立を底辺に抱えた国際行動であるが、これを機会に、我が国の国際安全保障活動への参画の在り方という切り口から、憲法解釈を含め深刻な議論を行うべきであろうと考えている。
まちまちの各国の対応
ホルムズ海峡有志連合の動きは、「イラン核合意」を離脱した米国に反発する仏独がいち早く不参加を表明、原油高騰が何より望ましいロシアはペルシャ湾でイランとの共同訓練を企画、韓国は我が国と同様、艦艇を独自派遣等、各国の対応はまちまちであるが、事態の推移に厳重な注目が必要である。
(すぎやま・しげる)