「極右テロ」ドイツで増加
独ヘッセン州ハーナウ市内で先月19日、2カ所のシーシャバー(水タバコバー)や簡易食堂が襲撃され、9人が死亡する事件が起きた。容疑者はその後、自宅で母親を殺し、自殺した。自身のホームページで外国人排斥・憎悪を主張していたことから、事件は極右過激テロ事件と受け取られているが、ドイツ社会の「家庭の崩壊」が色濃く反映した事件でもある。
(ウィーン・小川 敏)
背景に家庭の崩壊か
政治家は過激派を非難
事件を起こしたのはドイツ人のトビアス・R容疑者(43)。先月19日午後10時に、人口10万人余りの小都市ハーナウのシーシャバーで銃を乱射した後、車で逃走した。
現地の警察によると、警官隊が20日早朝、市内の容疑者の自宅を捜索、2人の遺体を見つけた。1人は容疑者のトビアス・Rで、もう1人は容疑者の母親(72)だった。銃乱射事件の死者は容疑者を含むと11人となった。
ヘッセン州議会でボイト内相は20日、「容疑者はドイツ人で43歳の男性、これまで警察側にはマークされてきた人物ではなかった。押収したビデオなどを見る限り、外国人排斥、憎悪が犯行動機とみられる」と、極右的動機に基づくテロ事件との判断を強調した。
ハーナウ市のクラウス・カミンスキー(社会民主党=SPD)上級市長は、「ショックを受けた。わが町でこのようなことが起きるとは考えてもいなかった」と語り、同市出身のキリスト教民主同盟(CDU)のカティア・ライケルト連邦議員はツイッターで、「全ての人にとって事件は本当のホラーストーリーだ」と書いている。
ハーナウ市では23日、「外国人排斥」「憎悪」に抗議するデモが行われた。独メディアによると1万人余りの市民が、「われわれはドイツだ。共に助け合って共存すべきだ」と叫び、市民に寛容と連帯を呼び掛けた。同時に、外国人排斥を訴える極右グループを批判した。
ドイツでは2015年以来、イスラム過激派テロのほか、外国人排斥、反ユダヤ主義に基づいた極右過激派によるテロが増加した。旧東独ザクセンアンハルト州の都市ハレで昨年10月9日正午ごろ、27歳のドイツ人の男がシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)を襲撃する事件が発生し、犯行現場にいた女性と近くの店にいた男性が射殺された。
ドイツ中部ヘッセン州カッセル県では昨年6月2日、ワルターリュブケ県知事が自宅で頭を撃たれて殺害される事件が起き、ドイツ国民に大きなショックを与えた。同知事はドイツ与党CDUに所属、難民収容政策では難民擁護の政治家として知られてきた。事件は知事の難民擁護に関する発言がきっかけとなったと受け取られた。
最新の「連邦憲法擁護報告書」(2018年対象)によると、ドイツには約2万4100人の極右過激主義者がいるものとみられ。そのうち、約1万2700人は凶暴性があると受け取られている。
メルケル首相はハーナウの事件直後、「外国人排斥、憎悪は(社会の)毒だ」と指摘し、極右過激主義者を厳しく批判したが、ドイツ社会の本当の毒は外国人排斥・憎悪というより、家庭の崩壊、それに伴う人間の孤独や精神的疾患ではないか。ハーナウの容疑者は極右テロリストというより、精神的疾患に悩んできた人間だったのではないか。
トビアス・Rは警察当局が極右過激派とみて監視してきた活動家ではなかった。その点、旧東独ザクセンアンハルト州ハレで昨年10月に起きたシナゴーク襲撃事件と同様だ。
ドイツでは極右過激テロ事件が発生する度に、既成の政治家たちは極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)を批判し、社会の過激化の責任をAfDに負わせてきたが、ドイツ社会の家庭の崩壊については口を閉じてきた。それを言い出せば、その批判は政治家自身にも跳ね返ってくるからだ。
離婚が増え、不倫が拡大、夫婦・親子断絶といった家庭の崩壊は深刻だ。家庭の倫理を堂々と主張する政治家はドイツではほとんどいなくなってきた。
警察当局が極右過激派の監視を強化したとしても、ハーナウやハレのような事件は防止できない。極右過激派テロ事件の背後にはドイツ社会の家庭の崩壊が横たわっているからだ。家庭崩壊の原因調査こそ急務ではないか。






