安定した家庭が子供の未来拓く

 「貧困の連鎖」を断ち切る最も有効な手だての一つとして、米国の中道系から保守系専門家の間でコンセンサスとなっているのが「家庭再建」だ。安定した家庭は子供の将来にどのような好影響をもたらすのか。家庭の重要性を経済・社会的側面から裏付ける研究を行い、ポール・ライアン下院議長ら有力議員からも注目を集めるブラッドフォード・ウィルコックス・バージニア大学教授に聞いた。(聞き手=アメリカ総局長・早川俊行)

子供の貧困問題に家庭再建がなぜ重要なのか。

ウィルコックス氏

 W・ブラッドフォード・ウィルコックス氏 米プリンストン大学で博士号取得。現在、バージニア大学社会学部教授。同大学「全米結婚プロジェクト」ディレクター、家庭学研究所上級研究員、アメリカン・エンタープライズ政策研究所(AEI)客員研究員も務める。

 米国で子供の貧困の大きな予測因子となっているのが家族構成だ。一人親家庭の子供は、結婚した両親がいる家庭の子供に比べ、貧困に陥る可能性が5倍も高い。一人親家庭の急増という家族構成の変化が、米国で1960年代から90年代に子供の貧困が増加した大きな要因だ。

 一人親家庭が増えるとなぜ貧困が増えるのか。これは極めて単純な話で、シングルマザーの家庭では父親の収入がなく、規模の経済を享受できないからだ。夫婦が一緒に暮らしていれば、父親の収入はすべてその世帯に入り、子供にも回るが、別れれば、それがなくなってしまう。

家族構成は経済的にどのくらいの違いをもたらすのか。

 われわれの試算では、一人親家庭は(結婚した両親がいる世帯に比べ)、平均年収が約4万4000㌦(約505万円)も少ない。これはかなりの金額だ。

 米国にはフードスタンプ(低所得者向け食料購入補助)やメディケイド(低所得者向け医療扶助)、住宅補助、現金給付など貧困世帯を支援する政府のプログラムがあり、一人親家庭のコストを軽減することはできる。だが、これらの政府プログラムは父親がもたらす平均収入には遠く及ばず、父親の不在を埋め合わせることはできない。

家族構成が子供の行動や情緒に及ぼす影響は。

 一人親家庭の子供は、結婚した両親がいる家庭で育てられる子供と比べ、うつ病、非行、薬物使用のリスクが約2倍も高い。もちろん、一人親家庭の子供の大半は立派に育つ。私もシングルマザーに育てられた。だが、科学的にリスク要因があるということだ。

 われわれの研究では、一人親家庭で育った若者は、高校中退や大学の学位を持たない割合が大幅に高い。また、20代での労働時間も少ない。つまり、学歴と職歴という人的資本で、一人親家庭で育った若者は、結婚した両親がいる家庭で育った若者より劣ることが多い。

誰もが豊かな人生を送るチャンスがあるという「アメリカン・ドリーム」が失われつつあると言われるが。

 親が離婚した、または結婚していない中間・貧困世帯の子供は、所得階層の上位3分の1に上がれる確率が低い。中間・貧困世帯の子供のモビリティー(所得階層の上方移動)は、家族構成と関連しているのだ。

 個人レベルだけでなく地域レベルでも、両親が結婚している家庭が多い地域では、貧困世帯の子供のモビリティーが高い。例えば、ソルトレークシティー(ユタ州)は、一人親家庭が多いアトランタ(ジョージア州)と比べ、貧困世帯で育った子供のモビリティーが大幅に高い。

 つまり、一人親家庭が多い地域出身の子供は、大人になっても豊かになれず、貧困の連鎖に陥る可能性が高い。これはアメリカン・ドリームの精神に反する。

強固な家庭妨げる福祉政策避けよ

家庭強化が子供の貧困対策に有効であるにもかかわらず、政府の施策は一人親家庭への経済支援が中心だ。貧困世帯への支援は大切だが、家庭強化にはつながらない。

 その通りだ。強固な家庭をどう構築し、維持するかよりも、脆弱(ぜいじゃく)な世帯をどう支援するかを考えがちだ。政府の施策が無意識に強固な家庭を罰しないようにする、つまり、貧困世帯支援の名の下で結婚を悪い選択にしないようにすることが重要だ。

 例えば、米国では、年収が1万5000㌦しかない2児のシングルマザーはフードスタンプを受給できるが、年収3万㌦の父親と結婚した場合、世帯収入が計4万5000㌦となり、受給資格を失う。つまり、この家庭は結婚することで福祉手当を失うことになる。これがいわゆる「結婚ペナルティー」だ。

 米国も日本も政策立案者たちは貧困世帯の支援に取り組むべきだが、その施策が結婚の選択にどのような影響を及ぼすのか、目を光らせなければならない。

米国では保守系シンクタンクはもちろんだが、民主党寄りのブルッキングス研究所も、結婚と安定した家庭の重要性を強調している。家庭が重要との認識は、幅広いコンセンサスになっているのか。

 中道から右派のシンクタンクの専門家は、結婚した両親のいる安定した家庭は子供に社会的、感情的、経済的利益をもたらすとの認識でほぼ一致している。

 だが、左派は結婚や家族構成の重要性を認めようとしない。彼らは、強固な家庭は力強い経済と経済的平等から生まれると主張しており、結婚や家族構成に直接焦点を当てようとはしない。

 結婚と家庭が政治問題化し、イデオロギー論争と化してしまったのは不幸なことだ。国家の課題、人間としての課題ではなく、保守派の課題と捉えられてしまっている。

結婚と家庭をめぐる世界的潮流は。

 世界の多くの地域で出生率と結婚率が劇的に低下している。日本を含む東アジアでは過去数十年間で出生率が大幅に低下した。一方、米国や英国、北欧諸国では多くの子供が婚外子として育てられている。出産・結婚離れが世界的に起きている現象だ。

結婚せず同棲(事実婚)を選ぶカップルも増えている。

 同棲の増加は世界的なトレンドだ。北米、南米、欧州、オセアニアのほか、サブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)の一部でも増えている。アジアで増加しているのはフィリピンだけだが、今後、日本でも一般化していく可能性はある。

 同棲は大人に関係を簡単に解消できる自由とフレキシビリティーをもたらすが、子供には好ましくない。自由とフレキシビリティーは不安定の裏返しだ。米国では親が同棲の子供は、親が出産時に結婚していた子供と比べ、12歳までに父親と母親の離別を経験する確率が2倍も高い。同棲が安定した関係と見なされている欧州でさえ90%も高い。

 親が離別し、さらに家族が変わった経験を持つ子供は、学校で問題を起こしたり、10代で妊娠する可能性が高い。子供の健全な成長には安定した環境が必要だが、同棲は子供に安定をもたらさない。

結婚離れの潮流を反転させるにはどうしたらいいか。

 結婚文化を強化する戦略が必要だ。米国では10代の妊娠を減らす大規模なキャンペーンが展開された。その結果、10代の妊娠率は1990年に比べて大幅に下落した。結婚についても同じような大規模キャンペーンを展開する必要がある。