「新孤立主義」と「力」の信奉
次期米大統領に共和党のドナルド・トランプ氏が選ばれた衝撃に全世界が揺れている。「トランプ時代」の米国と世界の行方を展望する。(ワシントン・早川俊行)
「アメリカ・ファースト(米国第一)」。これはトランプ氏が大統領選で掲げた米外交政策の基本原則だが、この言葉が米国内で注目を浴びるのはこれが初めてではない。
1930年代、孤立主義の立場から米国はヒトラーとの戦争に介入すべきではないと主張する“空の英雄”チャールズ・リンドバーグが掲げたのが、この「米国第一」だった。トランプ氏がこれを知っているかどうかは不明だが、リンドバーグと同じキャッチフレーズを用いて孤立主義的な対外政策を主張しているのである。
米国内ではこれまで、米国は国際社会で指導的役割を果たすべきだとのコンセンサスがあった。積極的にその役割を果たすべきか、あるいは最小限に抑えるべきか、「程度」をめぐる議論が焦点だった。ところが、今は、そもそも米国は指導的役割を果たすべきか否かという「是非」をめぐる議論が中心になりつつある。
米有力シンクタンク、外交問題協議会のリチャード・ハース会長は、現在の米外交論議を「伝統的な国際主義」と「新たな孤立主義」の対立と表する。
トランプ氏が大統領選を通じて「新たな孤立主義」を勢いづかせたことは確かだが、トランプ氏がこれを自ら生み出したわけではない。イラク・アフガニスタン戦争に疲れた米国民の間で蔓延(まんえん)する「内向き志向」を察知したトランプ氏が、これを選挙のために焚(た)きつけた、というのが正確なところだろう。
ハース氏は過去の外交論議と異なるのは、「伝統的な国際主義」を支持するエリート層と「新たな孤立主義」に傾斜する非エリート層の対立になっている点だと指摘する。一般庶民による「反ワシントン・反エリート」感情は外交分野にも及んでいるわけだ。
一方で、トランプ氏は海軍艦艇数を現在の約270隻から350隻に増やすなど「米軍再建」を公約に掲げているが、これはグローバルパワーとしての米軍の戦力維持を意図したものだ。米国の役割を低下させようとする一方で、世界最強の米軍は維持する。これは一体どう捉えればいいのか。
ロシアのプーチン大統領に好意を示すように、トランプ氏は「力」や「強さ」を信奉する傾向がある。1990年に天安門事件での中国政府の対応を「強さの力を示した」と肯定的に評価したこともある。
トランプ氏は国際貿易をゼロサムゲームと見ているように、国際社会を「弱肉強食」の世界と捉えているとみられる。強い者だけが利益を守れると信じるからこそ、米軍増強に前向きなのだ。米軍を国際秩序維持のパワーと見ているかどうかは極めて疑わしい。
トランプ氏当選を受け、安倍首相は「日米同盟は普遍的価値で結ばれた揺るぎない同盟だ」と語ったが、理念や原則を語るだけではトランプ氏と「絆をさらに強固」にするのは難しいだろう。トランプ氏の一国主義的傾向や力への信奉を考えれば、日本も自主防衛力を高めて「強い日本」を目指していく以外に生き残る道はない。






