一過性でない「安保ただ乗り論」

トランプ大統領の衝撃 米国と世界はどこに向かう(2)

 中国の急速な軍拡や北朝鮮の核・ミサイル開発などにより、この10年間でアジア太平洋地域の安全保障環境は大きく変貌した。ドナルド・トランプ氏は、こうした中で米大統領に就任することになる。

 トランプ氏は在日米軍の駐留経費を日本が全額負担すべきだと主張し、それができなければ米軍を撤退させることも示唆している。また日本が北朝鮮と紛争状態になったとしても、「自分で防衛すればいい」と述べるなど、防衛義務の放棄とも取れる発言までしている。

 米シンクタンク「新米安全保障センター」のパトリック・クローニン上級顧問やマイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長らアジア専門家は8月に発表した声明で、トランプ氏では影響力を拡大する中国に対して指導力を発揮できないとし、「アジア諸国が中国に傾斜する可能性がある」と指摘。米国にとって「大打撃になるだろう」と警告している。

 一方で、トランプ氏の発言をそのまま受け止めるべきではないとする声もある。国務省や国防総省などから詳細な説明を受ければ、トランプ氏も同盟の重要性を理解するようになる、とする見方だ。

 米シンクタンク、パシフィックフォーラム戦略国際問題研究所(CSIS)のラルフ・コッサ所長は「トランプ政権のアジア政策がどうなるか見当もつかない」としながらも、「過去の歴史から、大統領選中の発言は半分ほど差し引いて考える必要がある」と強調する。

 確かにトランプ氏が現実的な政策にシフトする可能性は十分に考えられる。アジア太平洋地域の安定は、米国の利益にも深くかかわってくるからだ。

 ただ日本が気を付けなければならないのは、「安保ただ乗り論」はトランプ氏だけが唱えているわけではないということだ。

 米有力シンクタンク、外交問題評議会のシーラ・スミス上級研究員は、同盟国に分相応の負担を求める考えは「米国の政治で新しいものでない」と指摘する。つまり同盟関係における「トランプ的発想」は一過性なものでないということだ。

 景気の回復を実感できない米国民の不満が「トランプ大統領誕生」の大きな原動力になった。トランプ氏が主張するような「米国の経済が良くならないのに、他国の安全の面倒まで見ることはできない」とする考えが広がる土壌はすでにあるとみるべきだろう。

 トランプ氏が実際にどのようなアジア政策を進めようと、日本としては米国内で同盟関係を軽視する声がいずれ高まることも想定しておく必要がある。

 中国が沖縄県・尖閣諸島を占領するような事態になった時に、全面戦争の危険を冒してまで日本を助ける必要はないとする米世論がわき起こらないとも限らない。

 トランプ氏の言動を「国際情勢を知らない素人発言」と切って捨てるのは簡単だ。しかし、そうした発言は米社会の底流にある動きからきていることを忘れてはならない。

(ワシントン・岩城喜之)