新駐日露大使は久々の知日派

中澤 孝之日本対外文化協会理事 中澤 孝之

日本語堪能ガルージン氏
能吏タイプ、強硬派の一面も

 ロシアのプーチン大統領は1月29日、エフゲニー・アファナシエフ駐日大使(70)を解任し、日本通で知られ、対日外交の経験が豊富なミハイル・ガルージン氏(57)を新駐日大使に任命する大統領令に署名した。

 駐日大使にガルージン氏が任命されたことは、元駐日大使アレクサンドル・パノフ氏(73)以来久々の知日派大使の起用となる。パノフ氏は1996年9月から2003年11月まで駐日大使を務めたが、お別れの記者会見で「私の生まれはモスクワだが、外交官としての私のふるさとは日本だ」と述べたエピソードが残っている。ガルージン氏はこのパノフ氏にかわいがられたといわれる。

 駐インドネシア大使ガルージン氏の駐日大使への転出については、昨年8月9日、有力紙「イズベスチヤ」が、ロシア上下両院で大使人事手続きが始まっていると、いち早く報じていた。大使交代の理由としては、アファナシエフ氏が同年5月(ママ/正しくは7月)に70歳となり、政府職員としては高齢となったためとされた。アファナシエフ氏は韓国とタイの駐在大使を歴任したが、ロシア外務省内では「キタイスト」つまり、中国専門家として知られており、イズベスチヤ紙の記事でも「キタイスト」の呼称で紹介された。

 ミハイル・ユーリエビッチ・ガルージン氏の略歴をロシア外務省資料から訳出・引用すると次の通り。

 「1960年6月14日生まれ。83年にモスクワ国立大学付属アジア・アフリカ諸国単科大学卒。日本語と英語が堪能で、同年ソ連外務省に入省した。83年から86年までと、92年から97年まで駐日ソ連(ロシア)大使館勤務。99年から2001年までロシア外務省第2アジア局副局長。01~08年に駐日公使。08~10年に外務省アジア太平洋諸国局局長。10年2月~12年9月同第3アジア局局長。12年10月~18年1月インドネシア駐在大使。キリバス共和国と東チモールの駐在大使兼任。12年10月~17年8月東南アジア諸国連合(ASEAN)ロシア政府代表部代表兼任。13年3月~18年1月パプア・ニューギニア駐在大使兼任。18年1月29日にインドネシア駐在大使ほか兼任も解かれて駐日大使に起用。既婚で息子が1人。16年12月には、ソチでのロシアとASEAN諸国サミット開催に多大の貢献をしたことで、『友好勲章』を受賞した」

 上記のようにガルージン氏は日本での勤務経験が長く、ロシア外務省内部でも特に日本語が堪能ということで有名である。筆者も記者会見やパーティーなどでガルージン氏と言葉を交わしたことがあるが、流暢(りゅうちょう)な日本語に感心した覚えがある。日本語通訳としても第一級のレベルだ。

 ガルージン氏の父親は元駐日ソ連大使館員だった。従って、同氏自身、6歳から東京に住み、狸穴のソ連大使館付属学校に11年間通ったという。モスクワ大学在学中には交換留学で東海大や創価大でも学んだ。駐日公使時代に同氏がネットで明らかにしたところでは、創価学会名誉会長の池田大作氏が1981年5月に第3次訪ソした際に、モスクワ大学4年生だったガルージン氏は創価学会訪ソ団の手伝いをした縁で、82年6月から創価大学に留学したという。

 大学卒業とほぼ同時にソ連外務省に入省したガルージン氏は、85年に始まったゴルバチョフ政権時代から日ソ(日露)交渉の第一線で活躍した。日本勤務は通算約15年に及んだ。日本語の習得には、少年時代の在京経験や、日本での留学と外交官としての在日勤務の経験が大いに役立ったものと見られる。

 有数の知日派ガルージン氏はソフトな性格で、日本文化に造詣(ぞうけい)が深く、日本の政財界にとどまらず右翼活動家などにも幅広い人脈を持つといわれる。ただ、北方領土問題では、日本への強硬発言で知られる。駐日公使時代の2005年に、「北方領土は、第2次世界大戦の結果、ヤルタ協定に基づいて、ソ連に引き渡された」「北方領土問題は、軍国主義・日本の侵略行為が招いた結果だ」などと指摘した論文をロシア外交誌に発表して話題となった。また、この論文の中でガルージン氏は、1945年8月にスターリン政権のソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して対日参戦したことについて、「反ヒトラー連合の同盟義務を果たすため」と正当化し、日本側の強い反発を招いた。

 ただ、そうした強硬派の一面ものぞかせるが、「日本の心を熟知している本人は、本音では両国が歩み寄れる解決を望んでいる」(ロシアの日露専門家)といった声も聞かれる。日本政府関係者の間では「忠実にロシア政府の立場を主張する能吏タイプの外交官だ」との人物評が一般的だ。

 ロシアはこのところ、国後島など北方領土を含むクリル諸島で軍事演習を行ったり、択捉島の空港を軍民共用の基地化にするなど、北方領土の軍事拠点化を進める姿勢を鮮明にしたり、日本の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入に神経をとがらせている。そうした中でのガルージン新大使起用だけに、一向に突破口を見いだせない日露間の領土交渉、平和条約締結交渉でのガルージン氏の役割に大きな期待を掛ける向きもあるようだが、その通りにいくかどうかどうか、注目したい。

(なかざわ・たかゆき)