北を喜ばす韓国の融和政策
「反共国家」から様変わり
醸成された親北朝鮮ムード
今回は筆者の個人史と韓国について書きたい。筆者が韓国の地に初めて足を踏み入れたのは1969年3月のことで、4年後の73年に留学の途に着いた。日本人ばかりでなく在日韓国人の留学生もまだ多くなかった時代であり、日韓条約が締結されてからまだ10年も経っておらず、個人的に付き合う人はほとんど親日的な人ばかりであった。だが、中には“日帝36年”“朝鮮総督府”などと言って、「日本人はわが国を植民地支配した悪い奴」と、露骨に戦後生まれの私に突っかかってくる人もいた。
もちろん、私も留学前から日韓関係の歴史は学んでいたし、大学院では「日本植民地下の朝鮮鴨緑江農村社会の研究」をすることにしていたので、韓国人が日本人に過去の歴史体験をもって言い掛かりをつけてくることは理解していた。しかし、留学時の韓国はまさに「反共・反北朝鮮」国家であった。
韓国に留学する前に、日朝協会なる親北朝鮮団体で北朝鮮関係の書物類を読んでいたこともあって、北朝鮮に対する理解と憧(あこが)れのような気持ちを持っていたのは事実であった。東京の韓国大使館に韓国留学の手続きをする時に、日朝協会のような親北朝鮮団体に属していた者に、留学生ビザが発給されるのか心配したことはあったが、どうにか発給されたので、「反共国家・韓国」については深く考えなかった。
ところが、留学生活が始まり大学院の講義などを受けながら、韓国語の習得にも磨きがかかってきて、学会活動などにも参加するようになった、ある学会でのことである。若手の教授らしき人が挙手して発言したが、「われわれは分断された半島北部のことをいまだに“北傀(プッケ)”と言っているが、北傀とはかの地の政権担当集団のことであり、人民までも含めた言葉ではないのではないか。ほかの言い方にした方がいいのではないか」というような発言をした。
日本人の筆者は「北朝鮮」という呼び方に慣れていたが、確かに韓国では「北傀」という言葉が日常的に使われ、新聞などには「北の傀儡(かいらい)集団」などという文字が躍り、政治風刺漫画には「首の後ろにコブが突き出た金日成の似顔絵」が描かれ、まさに悪党集団の親玉の風采(ふうさい)であった(ちなみに日本人はちょんまげに下駄を履いた出っ歯の中年男性)。もっとも今使われている「北韓(プッカン)」という言葉も使われていたのかもしれない(筆者はよく“北朝鮮(プクチョンソン)”と言っては怪訝(けげん)な顔をされたことがしばしばあった)。
韓国全体が「反共」思想で固められていた。宿に泊まっても宿帳には「前宿泊地」の欄があり、帳簿の上には「カンチョプ(間諜)シンゴ(申告)ヌン(は)イルイルサムロ(113に)」の文字が書かれており、街中には至る所に北朝鮮からのスパイ(間諜)の通報を呼び掛けるポスターが貼られ、北朝鮮から気球で飛ばされてきた「韓国の大統領と駐韓米軍を非難する」ビラなどを投函する郵便ポストのようなものが幾つも設置されていた。
また、夜間通行禁止令もあり午前零時から午前4時までは外出が禁止された(ただし、外国人と韓国の一部地域は除外)。「民防衛の日」にはサイレンが鳴って、一斉に大きな建物の中に避難する訓練もあった。
筆者がなぜこのような過去のことを書くのかというと、最近の韓国政府(韓国民ではなく)の「北朝鮮寄り」の政策と、急激とも思える親北朝鮮ムードに付いていけないからである(だからといって反韓人士ではない)。朝鮮には古来、「シムニョニミョン カンサンド ピョナンダ(10年も経てば山河も変わる)」という諺(ことわざ)がある。日本語でいう「十年一昔」ということで、世の中の動きの激しいことを言い表した言葉であるが、韓国の対北朝鮮融和政策や融和ムードの醸成は、この1~2年のことである。
故朴正煕大統領時代の「反共国家・韓国」に留学し、反共教育の思想を徹底してたたき込まれた者には、最近の融和ムードが理解できない。
筆者が反共主義者に転向した出来事がある。韓国に留学して間もない頃、いまだ韓国語が十分でなく、韓国の北朝鮮に対す世論などを理解できなかった頃であるが、行きつけの喫茶店で店の女の子にソニーの携帯ラジオを見せながら「このラジオの短波放送では北朝鮮の放送も聞けるんだよ」と何気なしに言ったことがある。
ところが、この発言を隣の席で聞いていた若い軍人がつかつかと寄ってきて「おい、お前はスパイか」とか言って、有無も言わせず無理やり近くにあった派出所に連れて行った。彼らにしてみれば、スパイを申告するのは当然であり、ましてや目の前にスパイがいるとなれば当然連行することになる。
幸いなことに、連行されたのは光化門派出所であったので、ここの署長から厳しく、日本語交じりで、韓国の置かれている事情を説明され、釈放された。
それから8年間の留学生活中ばかりかそれ以後も、筆者には「反共イコール反北朝鮮」が染み付いてしまった。最近の韓国政府の融和政策と韓国民の北朝鮮ムードに戸惑うばかりである。
(みやつか・としお)






