民主主義の弱体化狙う露

米コラムニスト マーク・ティーセン

不発だった露との会合
クリントン氏勝利も想定

マーク・ティーセン

 ワシントンでは誰もが、トランプ陣営がロシアと共謀したことを示す証拠をモラー特別検察官が提示するかどうかを息を殺して待っている。今のところ挙げられるトランプ氏に不利な「事例1」としては、ドナルド・トランプ・ジュニア氏とジャレド・クシュナー氏、ポール・マナフォート氏が、ヒラリー・クリントン氏のスキャンダルネタを持っていると主張するロシア人グループと会ったことだ。会うべきではなかった。「ロシアの検察官」から「非常にハイレベルの重要な情報」を提供すると持ち掛ける電子メールを受け取り、その内容が「ヒラリー氏を有罪に」し得るものであり、「ロシア人とその政府によるトランプ氏支持」の一環であった場合、「素晴らしい」とは言わず、連邦捜査局(FBI)に通報すべきだ。

 トランプ氏は、この会合について知らなかったと主張。一方、トランプ氏の元弁護士マイケル・コーエン氏は、トランプ氏は知っていたと言っている。知っていたかどうかは、焦点ではない。問題は、陣営の幹部がロシアのプーチン大統領からの支援を進んで受け入れようとしたことだ。会談が不発に終わったことで、幸い大きな問題にはならなかった。ロシア側からはスキャンダル情報は得られなかった。

 しかし、このトランプタワーでの会合で重要なのは、ロシアからの要請で行われたことだ。働き掛けたのはロシア側であり、トランプ陣営からのアプローチはなかった。

 これとは対照的に、クリントン陣営は自ら働き掛けて、ロシア政府筋からトランプ氏のスキャンダルを手に入れようとした。仲介人を通じて水面下で行った。2016年4月、クリントン陣営の弁護士マーク・エリアス氏が、調査会社フュージョンGPSに、トランプ氏に不利な情報を集めるよう依頼した。これを受けてフュージョンGPSは、ロシア政府高官の中に情報源を持つ元英対外情報部(MI6)工作員のクリストファー・スティール氏を雇用した。こうして、あのわいせつな文書が出来上がった。情報源は「ロシア外務省の大物」「ロシア政府で現在も活動している元情報高官」などだ。スティール氏のこの文書に対し、クリントン陣営と民主党全国委員会(DNC)が報酬を支払った。つまり、クリントン陣営が報酬を支払って雇用した工作員がロシア高官に接触し、トランプ氏を不利にするための情報を集めたということだ。

◇民主党は関与隠蔽

 クリントン氏は、スティール氏の文書のことは知らなかったと主張した。だが、これは重要なことではない。コーエン氏かほかの弁護士が、トランプ陣営と共和党全国委員会(RNC)から報酬を得て、選挙資金で英国の元スパイを雇い、ロシアの情報機関や外務当局者からクリントン氏のスキャンダル情報を集めると想像してみてほしい。ワシントンの誰が「トランプ氏が知っていたという証拠はない。だから大したことではない。見るべきものはない」と思うだろうか。誰もそんなことは言わない。

 それだけではない。クリントン陣営の幹部らは、スティール氏のしたことを擁護した。クリントン陣営のスポークスマン、ブライアン・ファロン氏は、自分なら「自ら進んで欧州に行き、(スティール氏を)助け」、ロシアから手に入れたスキャンダルを喜んで拡散したことだろうと言った。ファロン氏はワシントン・ポスト紙に「対抗馬の調査はどの選挙でも行われる」と語った。さらに、「(エリアス氏が)陣営のために実行してくれてとてもよかったと思っている。後悔していることが一つある。選挙前にこの文書のもっと多くの部分を検証し、有権者に知ってほしかったということだ」と述べた。

 要するに、「素晴らしい」と言っているのだ。

 民主党がこれらの関与を隠蔽(いんぺい)していたことも分かっている。文書は1月にニュースサイト「バズフィード」が公開した。だが、米国民が費用を負担したのは民主党とクリントン陣営だったことを知るのは、9カ月以上経った17年10月24日になってからだった。やましいことがないなら、クリントン陣営がそれほどの長い間、関与を隠し続けることはなかったはずだ。

◇ロシアの両面作戦

 はっきりさせておきたい。このことが、トランプ陣営がクリントン氏のスキャンダルを提供するというロシア政府の代理人と自称するロシア人との会合を受け入れるという非難されるべき行動の言い訳になることはない。モラー氏の調査は「魔女狩り」ではない。モラー氏が、トランプ陣営の誰かがロシアとの犯罪的企みに加担したことを突き止めれば、その人物は刑務所に行くべきだ。

 そればかりか、この中の誰もロシアがトランプ氏を勝たせたいと思っていたという情報機関の見方に疑問を投げ掛けていない。トランプ氏が勝つことを望んでいたことは、プーチン氏自身がトランプ氏と行ったヘルシンキでの記者会見ではっきりと認めた。しかし、情報機関の調査では、ロシアはクリントン氏の勝利を望んでいたという見方も出ている。抜け目ないロシアは、クリントン氏勝利の場合にも備えていた。両面作戦だった。だからこそ、ロシアの巨額の資金がクリントン陣営周辺に流れ込んでいたのだ。夫のビル・クリントン氏が、モスクワでの講演料として、ロシア政府とつながりのあるロシアの投資銀行から50万㌦を受け取っていたのもその一部だ。

 ロシアは依然として脅威だ。米情報機関によるとロシアは、トランプ氏を支援するとともに、「米国の民主的プロセスへの国民の信頼を損ねる」ことを目指している。長期的なプランの下で動いている。ロシアの脅威に対抗するのならば、その複雑な作戦を理解しなければならない。トランプ政権だけを見ていてはいけないということだ。

(8月3日)