金正恩政権揺るがす水害・蛮行
宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄
一番軽い表現の「謝罪」
目当ては韓国からの食糧援助
朝鮮語に「ヤクサクパルダ」という言葉がある。意味は「すばしこい、こざかしい、小利口、如才ない」である。
射殺事件、異例の通知文
国民に「偉大な最高指導者」と言わせている北朝鮮の朝鮮労働党委員長・金正恩が、北朝鮮海軍による韓国海洋水産省の公務員を射殺し、焼却した事件について、いち早く謝罪する内容の通知文を韓国側に送ったという。韓国大統領の文在寅や韓国政府に罵詈讒謗(ばりざんぼう)の限りを尽くしている北朝鮮の最高指導者が、よりによって韓国側に「謝罪」の文書を送ったとは異例なことである。
事件は残虐極まりないものであった。韓国側の発表によると、北朝鮮領内の海域で漂流し疲労困憊(こんぱい)している男性を、北朝鮮の警備艇が助け上げることなく、約6時間にわたり水中に留め置いて銃殺し、その後、海上に浮いた遺体に防毒マスク姿の兵士らが、海に油をまいて火を放ったという(事件の顛末(てんまつ)については北朝鮮側の説明と異なる部分が多い)。
通知文は朝鮮労働党統一戦線部の名義で、金正恩は「われわれの海域で思いもよらない恥ずべきことが起きた」と強調し、「悪性ウイルスの病魔の脅威に苦しむ南の同胞」の韓国側に「大きな失望感を与えた」と謝罪の意思を伝えるよう指示したという。
事件についての韓国側の公式発表翌日に謝罪するという金正恩の素早い対応は、国際社会からの「残忍な国家」というイメージの払拭(ふっしょく)と、何よりも韓国側からの経済援助、つまり「食糧援助」を求めなければならない状況下にあるからだ。文在寅や韓国政府はともかく、韓国民の対北感情を和らげる必要があった。
通知文で金正恩は「恥ずべきことが起きた」と言っているが、叔父の張成沢を無残な処刑に処した張本人の言葉とは思えない(もちろん銃殺された男性の命の価値が軽いというのではない)。公開処刑や強制収容所での人権蹂躙(じゅうりん)行為が日常茶飯事に行われている国の「偉大な最高指導者」の言葉とは思えない(この通知文については偽物であるとの指摘もあるが)。この無慈悲な指導者が本当に謝罪するだろうか。
通知文は「金正恩が謝罪した」となっているが、「謝罪」とした語句は「ミアナムニダ(未安です)」、つまり日本語では「すみません、すんません」程度の軽い言葉である。これをもって「謝罪した」としているが、朝鮮語で謝罪を意味する語句としては「サジェハムニダ(謝罪します)」「サグァハムニダ(謝過します)」「チェソンハムニダ(罪悚します)」などがあるが、「ミアナムニダ」は謝罪を意味する言葉では一番低い。本当に謝罪するのであれば「ミアナムニダ」ではないはずだが。
何よりも「コロナの病魔に苦しむ南の同胞の国からの食糧援助の要請が目前に迫っている」のであるから、もっと誠心誠意のある言葉で謝罪の意を表すべきではなかったか。
ただ北朝鮮にとって幸いなことに、韓国政府は金正恩の謝罪声明を肯定的に受け止めているともいわれており、韓国の情報機関、国家情報院は「射殺は金正恩委員長の指示ではない」と判断。韓国国防部も事件現場の北朝鮮海軍の警備艇長が「射殺しろ、ですって。本当ですか」と、上部に聞き返しているのを交信傍受しながらも、「射殺」の表現はなかったと釈明しているとのこと。万事休す。
北朝鮮のマスコミも韓国側のこのような対応を見越してか、今回のこの事件を「芳しくない事件」と表現し、韓国人男性を非情に殺害したことや、金正恩が韓国に謝罪したことには言及していない。当然のことだが、北朝鮮の労働党機関紙『労働新聞』をはじめとして全てのマスコミは、金王朝の御用機関であるから、「偉大な指導者同志が南側に謝罪した」などとは報じることがない(できない)のも当たり前だが。
狙われる日本の備蓄米
さて、三つの台風が相次いで北朝鮮の穀倉地帯を襲ったが、特に黄海南・北道の被害は甚大であった。稲作にとって一番大事な時期の水害は、北朝鮮の食糧供給に大きな被害をもたらした。現在、北朝鮮に食糧支援できる国は韓国だけで、隣の中国にはその余裕がない(国連の食糧支援機関は別だが)。狡猾(こうかつ)な金正恩は日本の備蓄米・放出米を狙っている。