韓国議長の「徴用」法案提出、功を急いで勇み足
朝鮮半島出身労働者の徴用問題をめぐる韓国大法院判決を受け悪化の一途をたどった日韓関係を修復させようと先週、韓国の文喜相国会議長が同問題解決へ「記憶・和解・未来財団法案」など2法案を提出した。しかし、韓国国内の反応は懐疑的で、法案提出は拙速だったとの印象を与えている。なぜ文議長は事態を混乱させるような行動を取ったのか。背景を探った。(ソウル・上田勇実)
国内は懐疑的、日本の反発も
今月2日の昼前、反日・反米色が濃い韓国革新系野党・民衆党の金鍾勲議員室に国会議長室の政策担当秘書官ら3人が訪ねてきた。政党では唯一、同党が文議長法案に反対する記者会見を午後に開くと聞き、法案提出の趣旨を説明し、あわよくば会見をキャンセルしてもらうためだ。
その場で秘書官の一人が「(この問題で)日韓関係悪化が続けば得をするのは北朝鮮と中国だけだ」と言うと、横にいた別の秘書官から肘で突かれ、その話を続けるのはまずいと思ったのか慌てて「それは重要なことではないが」と言い直したという。
だが、事前に韓国政府への十分な根回しはなく、強引に法案を提出したことが分かりつつある。
同党関係者によれば、議長室側は被害者が高齢化し補償受け取りが急がれ、市民団体主導の運動についていくのに疲れた被害者もいるなど被害者多様化を理由に挙げ、日韓両国の企業・個人による自発的寄付で財団を設立し、被害者に「慰謝料」を支払う法案の必要性を説いた。日本側を納得させられる自信もあったようだ。
これに対し民衆党側は何十年も戦ってきた被害者たちがようやく大法院判決を勝ち取った“意義”の大きさ、日本の顔色をうかがうように韓国側から提案する屈辱的な格好などを指摘、判決通り日本企業に補償責任を求めない案だとして反対した。
結局、両者の主張は平行線をたどり、同党はその日、「日本に免罪符を与える」などとして法案の国会提出中止を求める記者会見を予定通り開いたが、会見に関する報道は一切なかったという。同党は「文議長が記者団に報道規制するよう手を回した」(同党関係者)と受け止めている。それから約半月後の18日、法案は提出された。
だが、韓国内で法案に対する反応は芳しくなかった。「相手(日本)が認めてくれそうにないので、カネで解決しようという発想は法の原則に合わない」(元徴用工問題の支援団体関係者)など特に支援者周辺からは反発の声が上がった。
政府からは被害者に寄り添っていないため「問題解決にならない」(大統領府高官)とそっぽを向かれたことで、日本政府にとっても法案の重要性は低下した。中身自体も「専門家に一言の相談もなく、実態を知らない素人の急ごしらえ」(金敏喆・民族問題研究所責任研究員)と不評だ。
韓国内の法案に対する懸念に満ちた反応は当然予想されたにもかかわらず、なぜ文議長は提出を急いだのか。
韓国メディアによると、文議長は韓国では珍しく国会議員の世襲を目指している。文議長の息子は12日、来年4月の総選挙に父親の選挙区を引き継いで出馬する意向を明らかにした。これをめぐり野党は「最近の国会での予算案処理で文議長が与党の肩を持ち過ぎたのは息子を公認候補にしてもらうための取引だったのでは」と批判した。
「徴用」法案も息子の出馬が絡んでいる可能性がある。日韓関係悪化で米国から苦言を呈された文大統領に解決策を示して恩を売り、見返りに息子の公認を推薦してもらおうと考えたのではないか。拙速に法案提出を急いだのも息子への世襲が動機だったとすればさもありなん話だ。
文議長と言えば今年2月、いわゆる従軍慰安婦問題をめぐり天皇陛下(現、上皇陛下)に謝罪を求め日韓関係で火に油を注いだ張本人。今回も正義感から仲裁役を買って出たというより、政治的思惑で強引に事を進め、結果的に事態を複雑にした感は否めない。
文議長は22日、韓国内の反発を意識してか法案は大法院判決を尊重し、日本の謝罪も前提にしたものだとホームページに掲載した。今度は日本の反発をさらに受けるはめになりそうだ。






