正念場迎えた英のEU離脱

遠藤 哲也日本国際問題研究所特別研究員 遠藤 哲也

依然、先行きは藪の中
最悪シナリオは合意なき離脱

 英国の欧州連合(EU)離脱は正念場を迎えているが、去る12月11日に予定されていた英国議会でEUとの合意(案)は採決にかけられずに投票延期され、最終的な行方ははっきりしない。2017年3月に英国がEUに離脱意思を正式通告し、同年6月から交渉が始まり、通告から2年後の19年3月29日に離脱となる予定で、もはやカウントダウンの状況にある。英国がEUに加盟したのが、1973年だから、既に40数年が経ち、英国の政治・経済はEUに深く組み込まれており、それを解消するのは並大抵のことではない。

 離脱交渉の相手はEUだが、英国の内政にも深く絡み合っていて、2016年に国民投票、17年には総選挙が行われた。現在の英国議会でも、メイ首相は穏健離脱の方針を取っているが、与党側にもEU残留派、強硬離脱派が少なからず存在し、また閣僚の辞任が続くなど、党内統率力の強くない首相としては、舵(かじ)取りに苦労している。

 「離脱協定」と合わせて「政治宣言」も、ようやくまとまり、去る11月25日のEU臨時首脳会議で合意されたが、今後、英・EU(欧州議会)の双方での議会承認が必要であり、特に英国議会でのハードルが高く、これからも紆余(うよ)曲折が続くであろう。

 離脱をめぐる交渉は、なぜ難航したのか。交渉の対象となった問題の複雑さもさることながら、そもそも双方の立場に大きな隔たりがあった。英国としては、EU域外からの移民の流入の規制、国家主権の回復、他方経済の関係では、従来通りの関係を維持したいなど、大英帝国時代、伝統的な外交政策への郷愁があったのではなかろうか。他方、EUとしてはヒト、モノ、カネ、サービスの域内の自由な移動は基本原則であった。英国の立場に潜むいいとこ取りは認められないとしている。また、EU域内にも、EU懐疑派の声が少なくなく、英国に甘い態度を取ることは、離脱ドミノとまでは言わずとも、悪(あ)しき先例になるとの考えである。

 EU臨時首脳会議で正式合意をみた決定は「離脱協定」と「政治宣言」(法的拘束力はない)二本建になっている。前者に書き込まれたのは、次のような諸点である。

 第1に支払金。離脱に伴って、英国がEUに支払う分担金や、既にコミットしている事業など。清算金ないし、手切れ金と言われるもので約5・8兆円。

 第2に市民の権利保障。英国には約300万人のEU市民がEU諸国には約100万人の英国市民が居住しているが、お互いの市民の社会保障受給権などを締結。

 第3に移行期間。激変を避け、スムーズな完全離脱のため、2020年12月まで、1年9カ月の移行期間を設ける。この間、英国はEU加盟国並みの待遇を受ける。もちろん、分担金は支払う。

 第4に北アイルランド問題。北アイルランドは英国の内政上、極めてセンシティブな問題で、多数派のプロテスタントと少数派のカトリックの宗派対立が激しく、1960年代から80年代にかけて、30年間の内戦状態にあり、98年にようやく和平が成立した。英国のEU離脱に際し、北アイルランドは英本土と同じ扱いとする。ただし、地続きの隣国アイルランド共和国との間には厳しい国境管理は設けないという二律背反的な最も厳しい交渉の問題であった。結局、具体策は先送りして、移行期間の終わるまで「非常措置」として英国全体でEU関税同盟に残ることとなった。

 いま一つの「政治宣言」は今後の英国とEUとの間の通商関係、外交安保の協力、金融市場アクセスなど基本的な枠組みを示しており、具体的な詰めは移行期間の交渉に委ねるとしている。

 離脱問題は今後どうなるのだろうか。EU側には大きな問題はないようで、欧州議会で採択されることは間違いないが、問題は英国である。だが、メイ首相の懸命の多数派工作にもかかわらず、12月11日予定の採決は延期せざるを得なかった。大差で否決されるのが、必至であったからであろう。次の採決の日取りは、来年1月下旬までといわれるが、未定である。

 その結果、最悪のシナリオである合意なき離脱の可能性が大きくなっている。今後どのようなシナリオが考えられるのだろうか。順不同で挙げてみたい。

 ①英国議会でのメイ首相不信任案が可決②メイ首相辞任③総選挙④再度の国民投票⑤19年3月29日の交渉期限の延長。その間にEUと再交渉。ただし、これにはEU加盟国の全会一致の同意を必要とする。いずれにせよ、再交渉の結果、議会で採決⑥EUと協議した上で合意(案)の若干の手直しを行い、議会で採決⑦合意なしの離脱。このシナリオは英・EU間に、3月29日に大混乱を招くことは必至で、最悪のシナリオである。英国に対してはもちろんのことEUのみならず国際社会にも衝撃を与え、日本の進出企業にも重大な影響を与えよう⑧かつて、新しい英国の主導で結成され、現在も非EU加盟のノルウェーなどが運営する「欧州自由貿易連合(EFTA)」への再加盟⑨EU離脱の撤回。

 事態はまさに危機的な状況だが、筆者は英国人のDNAに組み込まれている「冷静」「沈着」「妥協の文化」の結果、何とか打開の道を見いだすものと、慎重ながらも楽観視している。

(えんどう・てつや)