蔡英文VS韓国瑜 どうなる台湾総統選

世日クラブ講演要旨

警戒要する中国介入

平成国際大学教授 浅野 和生氏

 平成国際大学教授の浅野和生氏は15日、世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤譲良(ゆずる)・近藤プランニングス代表取締役)で「蔡英文VS韓国瑜 どうなる台湾総統選」と題して講演し、来年1月に行われる台湾総統選について「現状では蔡英文氏がリードしているが、中国の介入に警戒しなければならない」と強調した。以下は講演要旨。

外交攻勢で日米印分断図る
現状では蔡総統がリード

 9月16日にソロモン諸島が台湾(中華民国)と国交を断絶して、その後、中国と国交を結ぶことになった。そのわずか4日後、キリバス共和国が台湾と断交し、中国と国交を結んだ。

浅野 和生

 あさの・かずお 昭和34(1959)年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、同大学院法学研究科博士課程修了。法学博士。平成国際大学教授。主な著書に『大正デモクラシーと陸軍』(慶応義塾大学出版会)、『君は台湾のたくましさを知っているか』(廣済堂出版)、『親台論~日本と台湾を結ぶ心の絆~』(ごま書房新社)など。

 現在台湾では蔡英文氏という女性が総統だ。この蔡氏が総統に就任した2016年の5月20日時点で、台湾が国交を結んでいた国は22カ国だった。世界約200カ国の中で22というのは少ないと言えば少ないかもしれないが、逆に言えばそれだけの国は台湾と対等に国交を結んでいたということ。それが、就任半年後の12月に、サントメプリンシペという国と断交をする。その後、蔡総統が訪問したにもかかわらず、パナマ共和国が断交。18年5月にはドミニカ共和国、その後、ブルキナファソも断交。さらに8月にはエルサルバドルも。ということで、2年で5カ国が断交していった。そして今年の9月、さらに2カ国が断交したということだ。

 22カ国から15カ国になったが、中華民国がこれだけ国交国が減ったことは今までにないことだ。台湾や日本の新聞では「台湾が孤立に追いやられている」という論調がほとんどだ。しかし台湾の国際生存空間として意味があるのは、これら島嶼(とうしょ)国ではない。台湾はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)やWTO(世界貿易機関)の正式メンバーとして入っている。こちらの方が国際組織としても機能している。

 それよりも問題なのは、地図を見ると、今回中国が手を出してきたソロモンとキリバスは、ハワイ(アメリカ)からオーストラリア、インドと日本を結ぶ『セキュリティーダイヤモンド』と呼ばれる、自由で開かれたインド太平洋の核を成す部分をバサッと分断する場所を占めている。太平洋の真ん中に足掛かりをつくった。つまりアメリカと中国の陣取り合戦で、この9月に中国が成果を挙げたということだ。

 現在、習近平国家主席は一帯一路という戦略を取っている。シルクロードというと南回りの海路のイメージだが、最近は地球温暖化のおかげで北極海を通るルートも使えるようになってきた。この海路を30年までにはつくると発表している。

 そんな中国では今、宗教弾圧・人権弾圧が激しさを増している。中国共産党の指示に従わない教会は、十字架や聖書を燃やされたり、信徒らが弾圧を受けたりする。またウイグル族の少なくとも100万人以上の成人男性をキャンプで再教育している。たとえ父子家庭でも父親を連れて行ってしまう。

 さらに中国は顔認証カメラをせっせと取り付けている。カメラで読み取った映像の人物の身分証番号や名前、職業、居住地までもが瞬時に分かる。また危険人物は赤い枠で表示されたりもする。17年の7月の時点で、中国国内の顔認証カメラが1億7000万台だった。来年までの設置目標は6億2600万台だ。人口14億弱の中国で2人に1台の計算となる。

 この中国に対してアメリカは強硬に出てきている。今年の6月1日付けで国防総省が発表した、「インド太平洋戦略報告」を見ると、「同盟国との関係を強化する」と書かれている。「日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイ、シンガポール、台湾、ニュージーランド」と、非常に大事なことは、台湾を国として扱ったということ。

 貿易戦争だけではなく、トランプ政権が打ち出しているもう一つの政策は「信教の自由を大変重視する」というものだ。トランプ大統領は、日本を含め世界中で、実際よりもはるかに悪く言われていると思う。まさにフェイクニュースだ。今アメリカはペンス副大統領を中心に、信教の自由のために闘うということを始めている。こういうことをしたのは最近の政権では他にない。

 10月10日、双十節の時に蔡総統が「わが国から遠くない香港では一国二制度の失敗によって秩序が失われようとしている。中国は依然として一国二制度を台湾に当てはめ、われわれを威嚇し、言論・武力による脅迫を繰り返している」と話した。ではその台湾をどうやって守っていくかというと、「われわれは理念の近い国と手を携えていく」と言っている。価値観を共有する同盟ということを強調した。

 選挙の話に入る前に、今回の選挙の候補者を振り返ってみる。現職の蔡総統は英語がとても上手で、李登輝政権下では対米交渉の担当者を務めていた。対する韓国瑜氏は、陸軍の出身。そこから大学に入学し政治家になったが一度引退し、台北市の青果市場で社長をしていたところ、政界に復帰。高雄市長を務めている。自虐ネタなどのパフォーマンスが得意。

 来年総統選挙のスタートラインは昨年の11月24日、統一地方選挙で民進党がボロ負けし、国民党が勝利した。台湾では12月25日が憲法記念日になっていて、この日から役職の任期が始まることになる。この時はまだ総統選の候補者の中に韓氏の名前はなかった。高雄市長になったばかりなのだから当たり前だ。しかし5月になると、韓氏は「党が強く指名するなら、出馬してもよい」ということを言い出した。非常に立場が強いが、要するにいつも世論調査で強いからだ。場合によっては、総統になっても高雄の市長は続けていきたいとも言った。正式に立候補を表明したのは6月1日だった。しかし、韓氏が高雄市長をやっている分にはいいが、外交とか安全保障をできるなどとは誰も思っていない。それは国民党支持者たちもみんな分かっている。

 一方、蔡総統は公式の立場として、台湾独立ではなく「現状維持」を主張しているが、民進党の一部のディープな支持層は物足りないと感じていた。若者は、国際社会で荒波を立てるのが嫌だから、中国やアメリカを過度に刺激しない「現状維持」を厚く支持している。さらに蔡英文政権が4年間実行してきた政策の成果が実感として出てきている。また、アメリカからの支持や、昨今の香港情勢による世論の追い風がある。

 最後に、これから重要になるのは中国の介入がどのような形で出てくるかということ。台湾のテレビの大手マスコミの8割は中国系の勢力だ。それが昨年、韓氏を高雄市長に押し上げた大きな勢力でもある。

 もう一つはSNSだ。もともと高雄や台南は民進党の金城湯池で、勝つに決まっている土地だった。しかし、昨年8月に蔡総統が水害の被災地を視察した際、装甲車に乗っていたことを批判され、それを韓氏が拡散させた。そこから雰囲気が変わり、わずか2カ月で韓氏が圧勝した。そして韓氏だけではなく、南部・中部の市長もみんな国民党が勝つということが起こった。その背景にあったのはSNS、テレビ、新聞などを通した中国の介入だった。総統選までまだ3カ月ある。現状では蔡総統がリードしているが、甘く見てはいけない。