日本のエネルギー安全保障と原子力発電の未来と課題を通じた考察-中村稔氏

世日クラブ講演要旨

エネルギーは安保問題
安全・供給・経済・環境、バランスを
原子力技術は抑止力

元原子力発電環境整備機構専務理事 中村稔氏

 世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤譲良(ゆずる)・近藤プランニングス)の定期講演会が23日、動画サイト「ユーチューブ」のライブ配信を通じて行われ、元原子力発電環境整備機構専務理事の中村稔氏が「日本のエネルギー安全保障と原子力発電の未来と課題を通じた考察」と題して講演した。

 中村氏はエネルギー供給の大半を輸入に頼っている日本の現状を安全保障問題だと指摘し、原子力を含むあらゆるエネルギー源を組み合わせることの重要性を強調した。以下は講演要旨。

動画サイト「ユーチューブ」の配信で講演する中村稔氏=23日、千葉県市川市のメディアセン

なかむら・みのる 昭和37年、広島市生まれ。東京大学法学部卒。通商産業省(現在、経済産業省)に入省、在ポーランド日本国大使館1等書記官・経済班長としてワルシャワに駐在後、航空機武器産業、原子力安全、環境・企業立地などを担当した後、石油公団総務課長、中東アフリカ室長、大臣官房参事官、石油流通課長、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)参事兼戦略企画部長、原子力発電環境整備機構専務理事を歴任。令和2年に経済産業省退官。著書に「何が地方を起こすのか」「情報は誰のものか」など多数。

 世界各国の1次エネルギー供給の現状を見ても、日本は特に石油の依存度が高い。化石燃料の比率が高いのは、世界的な課題だ。石油、天然ガス、石炭は化石燃料なので、燃やすと温室効果ガスが出る。中国は、火力発電から脱却するため石炭を燃やすのを急にストップしたところ、大停電が起こった。インドも石炭、米国は石油の割合が高い。ロシアは天然ガスが中心で、欧州にも供給している。カナダやブラジルは水力の割合が多い。特徴的なのはフランスで、39%を原子力が賄っている。

 1人当たりのGDPが高いほどエネルギー消費量も高まるが、日本は省エネが進んでいる。今後インドやブラジルが発展してGDPが高くなると、CO2排出量の増加が懸念される。このようにエネルギーと経済は関係している。

 原子力発電はエネルギーの輸入依存度に深く関係しており、フランスなどは原子力を除くと輸入依存度が急上昇する。日本も一時期原子力発電の割合が高かったが、福島第1原子力発電所の事故以降、輸入依存度が高まった。

 戦後の高度経済成長期にあった60~70年代は、成長とともにエネルギー供給量も増加した。もともと日本は全国各地に炭鉱があり、石炭と鉄鉱石で経済の復活を支えたが、その後石油の割合が高まった。石炭が取れなくなったからではなく、石油が便利だからで、石油ショックの直前は「石油一本足打法」状態だった。

 石油ショックで大混乱に陥ったことで、エネルギーの多角化のために天然ガスへシフトした。しかし島国の日本で天然ガスを輸入し利用するには、マイナス162度での液化や輸送などに多大な設備投資が必要になる。

 そこでもう一つ出てきたのが、原子力。一気に原子力発電所ができて、日本のエネルギー供給の一翼を担ってきた。東日本大震災の直前は電力供給の20%以上を原子力で賄えていたが、震災後にゼロになり、その分大量の石油、天然ガス、石炭を海外から輸入することになった。

 私たちは当たり前のように電気を使っているが、電力は需要と供給が一致するようコントロールされている。電力需要は日中に増え、夜は減るという波があるが、ゼロになることはない。一定のベースロードを賄っているのが、水力と原子力だ。日中の需要が多い時間帯を賄うのが、火力や揚水発電(余剰電力で発電用水をくみ上げ、必要になった時に流下させて発電する方法)。それぞれの発電方法に役割がある。

 2010年、日本の貿易収支は5兆3000億円の黒字だったが、震災後エネルギー源の輸入で13兆8000億円の赤字に転じた。資源の少ない日本が安定的に電力を賄うという視点で原子力を認識すべきだ。

 原子力発電の使用済み燃料が問題に挙がっている。国によってはそのまま地層処分するが、日本では再処理により95%リサイクルできる。5%はリサイクルできない高レベル放射線廃棄物で、高温で放射線もたくさん出す。これをガラスと一緒に溶かして容器に入れて固化させ(ガラス固化体)、冷却してから地層処分する。日本で再処理施設が稼働してウランとプルトニウムを取り出すリサイクルが国内でできれば、準国産エネルギーとなる。

 地層処分の考え方を紹介すると、ガラス固化体の出す放射線量は1000年で99・9%減衰するが、自然レベルになるのには数万年から10万年かかる。このため、ガラス固化体を19センチのオーバーパックという鉄で覆い、さらに70センチのベントナイトという特殊な粘土で巻いて地下水に触れないようにする。それを深さ300メートル以上の安定した地層に埋め、人間の生活環境に影響を及ぼさないようにする。これで地上への影響はほぼゼロと言っていい。絶対安全はないが、放射線には年月が経(た)てば減衰する、遮蔽(しゃへい)できるという性質がある。ガラス固化体は、1メートル離れたところで50年後の人体への影響は1100ミリシーベルトだが、オーバーパックに包むと0・37ミリシーベルトで、1000年後には0・02ミリシーベルトだ。

 人は自然界からの放射線を年間2ミリシーベルトほど浴びている。飛行機での移動中の被ばくや、CTスキャンによる医療被ばく、バナナやレタスに含まれる放射性カリウムでの内部被ばくもある。100ミリシーベルトを超えると人体への影響の可能性が高まり、1000ミリシーベルトで明らかな障害が出ると言われているが、放射線による影響は量の問題だということを知ってほしい。

 福島第1原子力発電所の事故はチェルノブイリ原子力発電所の事故と比較されるが、全く違う事象だ。チェルノブイリ原子力発電所には格納容器がなく、日本の軽水炉の減速材では使われない黒鉛が火災を起こして水蒸気爆発で炉心が吹き飛んだ。福島の事故では原子炉そのものが爆発したのではなく、原子炉から燃料が溶け出して(メルトダウン)セシウムが大気中に放出された。このような事象の違いから、チェルノブイリの事故とは異なり福島の事故では直接放射線が原因で亡くなった人はいないとされている。

 まだトリチウムを含む処理水は、世界中の原子力発電所が海洋放出をしているが、こうした問題には科学的な安全性を冷静に分析して対応してほしい。国連科学委員会も今年、福島第1原発事故で被ばくを直接の原因とする「健康被害は考えにくい」と報告している。

 エネルギー政策には、安全性、安定供給、経済効率性の向上、環境への適合の四つをバランスよく実現することが必要だ。だが、これら全てを満たす燃料はない。

 石油ショックから教訓を得るべきだ。原油の大半は中東からの輸入に依存しているが、中東から日本へ石油を運ぶシーレーンでは、「一帯一路」の中国の海洋進出の中で、中国の支配する港がインド洋沿岸で続々と増えている。米中対立の原因にもなっている第1列島線、第2列島線という主張にも要注意で、中国がサンゴ礁を埋め立てて軍事基地にしている場所を日本のタンカーは丸腰で通って石油を運んでいる。私たちの首には、すでに中国の手が掛かっているといえる。日本のエネルギー供給を考えると、安全保障の問題に突き当たる。

 私は広島市出身で、被爆2世だ。原子力が好きか嫌いかと聞かれると、答えないようにしている。好き嫌いではなく、必要か不要かの視点を持つべきだ。

 日本の原子力技術は、ある種の抑止力だ。核兵器を持っていない国で、唯一使用済み燃料の再処理が許されてプルトニウムを取り出す技術を持っているのが日本。それが日本の安全保障にどんな意味をもたらすか。さらにロケット、衛星といった宇宙関連でも日本は世界を驚かせる技術を持っているが、このような技術力は一朝一夕に持てるものではない。原子力に関わる技術を持つこと、またそれを失うことの意味も考えた上で、議論すべきだ。

 なかむら・みのる 昭和37年、広島市生まれ。東京大学法学部卒。通商産業省(現在、経済産業省)に入省、在ポーランド日本国大使館1等書記官・経済班長としてワルシャワに駐在後、航空機武器産業、原子力安全、環境・企業立地などを担当した後、石油公団総務課長、中東アフリカ室長、大臣官房参事官、石油流通課長、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)参事兼戦略企画部長、原子力発電環境整備機構専務理事を歴任。令和2年に経済産業省退官。著書に「何が地方を起こすのか」「情報は誰のものか」など多数。