インド太平洋構想の意味・意義とこの地域の安全保障-香田洋二氏
日米豪印で海洋進出抑えよ
元自衛艦隊司令官 香田洋二氏
世界日報の読者でつくる世日クラブ(会長=近藤讓良(ゆずる)・近藤プランニングス代表取締役会長)の定期講演会が13日、動画サイト「ユーチューブ」のライブ配信を通じて行われ、元自衛艦隊司令官の香田洋二氏が「インド太平洋構想の意味・意義とこの地域の安全保障―日米豪印と中国を軸として―」と題して講演した。香田氏は中国の海洋軍事進出の要となる南シナ海の要所(チョーク・ポイント)を「日米豪印(クワッド)4カ国が合意に基づいて守る体制をつくることが大切だ」と主張した。以下は講演要旨。
中国観見誤った米歴代政権
バイデン政権 問われる実行力
インド太平洋地域は、安全保障面で、米中の強い対立の場となっている。
中国の習近平・国家主席は「中華民国の偉大なる復興」を掲げ、建国100周年(2049年)までに充実した社会主義国家を建設し、米国に並ぶことを目指している。
中国を発展させるためには、しっかりした経済基盤が必要だ。そのエンジンとなるのが一帯一路構想だ。一帯一路の当初のイメージは、陸路と海路で欧州と中国を繋(つな)ぎ、その間に存在するさまざまな国に富や資源を分配・移動させ、中国を中心とする経済圏を作っていくというもの。2015年以降さらに構想が広がり、結果的には、北極海やアフリカ、太平洋諸国まで広がっていった。
つまり第2次世界大戦が終わってから、米国がヨーロッパ諸国やアジアを同盟という形で結び、現在の世界秩序をつくってきたが、そこに対して中国が全世界的に影響力を行使しようとしつつあるということだ。
この頃から、いくつか問題が見えてきた。被援助国へ強引に金を貸し付け、負債を回収する名目で、その国の経済の基盤となる港湾や鉱山などの権利を取得したり、途上国へ不要不急のインフラ投資を強行し、その国の資産を中国に流すなどだ。中国と被援助国の両方が利益を得るはずの構想だったものが、中国のみが莫大な利益を得る構造になってしまった。結果的に先進諸国の信用を部分的にせよ失った。
この頃から米国は、一帯一路を推し進める中国は危ない存在であると気付き始めた。同盟を中心とした米国の安全保障秩序に対し、中国は経済を梃子(てこ)とする対米包囲網を形成し挑戦し始めた。18年に米国は、中国を「新たな競争国」と位置つけ、この競争に打ち勝って、米国の主導権を確保することを新たな目標に定めた。
しかし伝統的に米国は親中の国だった。中国は良い国であり、良い人たちだというのが、ペリーが来日した時からある中国観だ。共産国家の中国でも、民主主義の良いところを理解し、世界秩序に順応していけるのではないかという、根拠のない妄想的な希望を持っていた。
これは冷戦後、ブッシュ(父)、クリントン、ブッシュ(子)、オバマ各政権の共通の理解であった。しかし、いくら紳士的に接しても、中国は自己中心的な姿勢を変えないため、オバマ政権の後半からトランプ政権にかけて、中国とこのまま付き合っていくのは難しいのではないかという「中国異質論」が生まれた。そこから米国は軍事・外交・経済で対中戦略を進め始めた。
米中対立を振り返ってみると、米国は冷戦でソ連と対立していたため、最高指導者だった鄧小平氏が改革開放路線の国家建設を進める中国を「友好国」として位置付けていた。しかし冷戦再末期、米国とフィリピンの同盟が切れた途端、中国は南沙諸島に軍事進出し、ベトナムを駆逐した。02年にはアセアン諸国が、南シナ海行動規範宣言を出したが、中国は無視してやりたい放題を続けていった。07年には米中での太平洋分割論を提唱するなど強気な姿勢を見せ続けた。米国は違和感を抱きつつも、まだ「話せば分かる国」だと考えていた。
しかし15年9月、オバマ大統領が最後のアラスカ視察をしている時、中国海軍の艦隊が堂々と大統領の目の前で領海侵犯をした。とうとう中国異質論は確信へと変わり、バトンはトランプ大統領に渡った。
18年から米中経済戦争が始まり、米国は関税で中国に圧力をかけ続け、中国のある意味捨て身の寝技により20年1月の第1段合意という水入りにこぎ着けた。しかしここで中国にとっての「神風」となる新型コロナウイルスが発生した。世界経済は止まり、中国だけが一気に回復をした。トランプ政権後期で、米国は関税を武器として中国を攻めに攻めたが、あと一歩でコロナにやられてしまった。
21年になり新しくバイデン政権が誕生した。融和政策を取るとされたバイデン政権の政府高官や識者らは、ウイグルのジェノサイド認定や、中国に対し攻撃的な姿勢を取ることなど、極めて強硬なメッセージを出している。実効性が伴うかが今後の問題だ。逆に危ないのは、政治面・経済面での直接的な中国批判を避けるわれわれ日本の対中姿勢の方ではないか。中長期的には米国と溝が出てくる可能性がある。既に経済面では、米国よりも中国との関係をより重視するようになっているかもしれない。
日本が今なすべきことは、バイデン政権と速やかに意思疎通をし、米国が何を狙い、実行していくかを把握して、共通の目標を確認する必要がある。特に政治・経済面が危ないのではないか。
中国人民解放軍の特徴を見てみる。陸海空合わせて約200万人という世界最大の軍隊で、陸軍は国土防衛には優れているが、海外遠征能力が欠如している。海軍は今一番優先度が高く整備されており、南・東シナ海沿岸諸国を対象に力を発揮しているが、海外での国家政策の支援はやはり限定的だ。空軍も陸軍同様、強力な自国防衛軍といえる。
そのため中国は、米国との軍事衝突を避けつつ、経済で影響力を行使しながら一帯一路を進めていくしかない。それでも中国は対艦弾道弾や潜水艦、電磁パルス、衛星破壊など「近接阻止・領域拒否(A2AD)」という軍事戦略をもって、米国や日本に大きな被害を与えようと画策している。
しかし、中国が南シナ海を抜けて外洋に出るためにはバシー海峡、ミンダナオ島南部海域、ロンボク海峡の3カ所を通るしかなく、これらの要所は全て中国のコントロール下にはない。
つまり人民解放軍はこの中に閉じ込められており、インド・太平洋に進出するための要所であるこの『チョーク・ポイント』をクワッド4カ国が合意に基づいて守る体制をつくることが大切だ。日本も島嶼(とうしょ)防衛体制をしっかりつくる。このチョーク・ポイントの要に位置するのが台湾だ。台湾を中国に取られれば、この体制自体の意味がなくなる。






