中央アジア結束、カザフ主導 中国「陸の一帯」を牽制
このほど、「中央アジアからみた一帯一路」をテーマに中国研究所の田中哲二会長が東京都内で講演した。副題は「岐路に立つカザフスタン」で、カザフスタンが近年、中央アジアの結束強化に動いているのは、中国とロシアを牽制(けんせい)するためだとの認識を示した。同講演会は、21世紀シルクロード研究会が主催した。
(池永達夫)
田中氏はまず、中国の一帯一路構想は南シナ海やインド洋を経由した「海の一路」と中央アジアを経由してユーラシア大陸の東西を結ぶ「陸の一帯」で成り立っているが、先行して始まった「海の一路」は、「債務の罠」への警戒感から足踏み状態がみられるものの、「陸の一帯」はアクセルが踏まれたままの状況だと強調した。中国は借金返済猶予の見返りに、スリランカでハンバントタ港の99年租借を、パキスタンではグアダール港の43年租借を実現した経緯があり、このような「債務の罠」が警戒されている。
一方、陸のシルクロード「一帯」のシンボル事業である「中欧班列」(中国・ヨーロッパ大陸横断高速貨物列車)は拡大継続中だ。ユーラシア大陸の東西を結ぶ「中欧班列」は2018年、アウトバウンド、インバウンド合計で6363車両が運行された。前年度に比べ1・7倍の運行実績だ。
「この増加ペースはこれからも、相当続くだろう」と田中氏は予測する。
理由の一つは、18年に中国発のコンテナ数が54%伸びているのに対し、欧州発は2・1倍となっており、欧州の増え方が良好であること。絶対数はまだ不足だが、成長は堅調で、「中欧班列」のネックとされた「中国からの便は荷物が満載でも、欧州からの帰りの便は空便」というアンバランスが補正されつつあるという。少なくとも「中欧班列」は、極東アジアと欧州を結ぶ鉄道網の主軸をシベリア鉄道から奪取した。
なお欧州からコンテナ便で中国に輸出される品目は、ワインやコーヒー豆、木材、医療機器などだが、中国から欧州に輸出されているのは携帯電話やノートパソコンなどのIT製品、家電、アパレル、雑貨などとなっている。
「中欧班列」は3ルートあるうち、カザフスタン経由のルートが輸送量の70%を占めている。そのカザフスタンで今春、ソ連崩壊後から大統領職にあったナザルバエフ氏(78)の電撃辞任があった。
だが、田中氏は「ナザルバエフ氏の院政は確実で、新大統領が任期を終えたのち、長女のダリガ氏に政権は譲られることになるだろう」と予測した。ジンギスカン同様、政権は血の繋(つな)がった者が後を継ぐのが同国の風土だという。ちなみにナザルバエフ氏は、与党党首であるとともに国家安全保障会議の終身議長、憲法評議会の終身委員のままで、政権の手綱はしっかり握っている。
辞任劇を促したのは、ウズベキスタンの政変だったと田中氏は読む。ウズベキスタンのカリモフ大統領は3年前、突然の病気で死亡。政権移譲が生存中にできなかったばかりか、ミルジヨエフ新大統領はカリモフ時代の路線を否定し、カリモフ氏の親族に対する捜査・訴追も本格化させた。それを見たナザルバエフ氏が、ウズベキスタンの二の舞いになることを危惧し、自分の目の黒いうちに政権移譲を果たそうとしたという分析だ。
そのナザルバエフ氏が、中央アジア5カ国の首脳会議を主催するなど結束強化に動いてきたのは、一帯一路で影響力を高めつつある中国と歴史的に中央アジアを自国の庭と考えてきたロシアを牽制するためだとの認識を示した。
「カザフ」という言葉は、ロシア語のコサックと同じ由来で、「分離者」「冒険者」を意味する。コサックは主人から逃れ、自由を求めて辺境の地にたどり着いたロシアの農奴たちだ。他方、カザフ人は定住を拒み、自由な遊牧生活を生業(なりわい)としてきたチュルク系民族だ。
その自由人としての伝統を持つカザフスタンが、強権国家の中国やロシアのくびきから脱するには、国際政治を見越した強力な政治力が問われてくることになる。
何よりカザフスタンが、「一帯」の主要ルートとなっていることをバーゲニングパワーにして、中国牽制力を構築できるのか見ものだ。