平和への決意 後生に
令和初の戦没者追悼式で参列者
終戦から74年が経(た)ち、当時を知る世代が少なくなる中、15日の全国戦没者追悼式の参列者からは、戦争体験や平和への決意の継承を願う声が相次いだ。
献花者に花を手渡す献花補助者として参列した北海道札幌市の池上蘭愛(らら)さん(11)は、両親や妹と一緒に初めて参列した。池上さんは「私が2歳の頃、戦地で亡くなったひいおじいさんの写真を見て『お父さん』と言っていたと聞いた。最近、改めて写真を見たら本当にお父さんにそっくりでびっくりした」と話す。「戦争は、犠牲者が出るだけで、絶対に避けなければいけない」と訴えた。
蘭愛さんの父、留意(るい)さんは「国を代表する式典の場に娘が参加してくれて誇らしい気持ち」と感慨深げだった。そして「二度と戦争を起こしてはならないという思いを風化させず、後生に語り継いでいくことが私たちの使命」と決意を語った。
群馬県前橋市の濱田有咲さん(17)も献花補助者として参列。式典前にフィリピンで戦死した祖母の父親の話を聞いたが、その時の気持ちを「戦争に行ったきり亡くなったと初めて知り、それは辛いと思った。当時の写真も見たが、今の平和な時代とは違う重苦しい雰囲気だった」と振り返る。将来の夢が保育士だという濱田さんは「子供たちに平和が当たり前のものではないこと、そして今がとても幸せな時代であることを伝えてあげたい」と力を込めた。
石川県金沢市の米村知恵子さん(76)は小学6年生の孫娘らと三世代で参列。令和最初の追悼式には「ぜひ参加したかった。時が進むにつれて両親への恋しさが募っていく」という。また、5月に即位された天皇陛下には「平和を願っていただけるのはうれしい。戦争を知らない世代だから、知るために大変な努力をされていると思う」と感謝の気持ちを表した。
三重県から夫と一緒に参加した女性(78)は4歳の時に終戦を迎えた。「飛んでくる焼夷弾や暗い防空壕が怖かった」ことを今でも覚えている。物資も乏しい中、一人で育ててくれた母親は4年前に亡くなった。
ビルマ(現ミャンマー)で命を落とした父親の顔は覚えていないが、母への感謝と父への思いを胸に、杖をつきながらも10年ぶりに式典に参列したという。女性の夫(78)は「私たちは子供を授からなかったが、若い世代には周りと助け合うことを大切にしてほしい。70年続いた戦争のない時代が100年になり、そしてもっと長く続くよう願っている」と語った。