中国の野心、二つの100年構想で覇権構築へ

拓殖大学客員教授 野口東秀氏に聞く

 5年間の第1期政権を終えた中国の習近平国家主席は、昨年10月の共産党大会で党規約に「習近平思想」を入れ、今月の全人代(全国人民代表大会)では憲法改正で国家主席の任期を撤廃するなど「強権統治」への布石を打った。第2次習近平政権の中国がどう動くのか、拓殖大学客員教授の野口東秀氏に聞いた。
(聞き手=池永達夫)

コアとなる強軍政治
微笑外交にだまされるな

昨年の共産党大会や今月の全人代を経て、見えてくるものは何か?

野口東秀氏

 のぐち・とうしゅう 中国人民大学国際政治学部卒業。産経新聞社の北京特派員を経て拓殖大学客員教授。著書に「中国 真の権力エリート 軍、諜報、治安機関」(新潮社)など。国家基本問題研究所客員研究員。中国問題を扱う新外交フォーラム代表理事。

 今世紀半ばまでに、米国と並ぶ中国主導の世界秩序を打ち立てるという野心だ。党大会では大国としての自信を背景に、それがむき出しになった。

 習近平氏は二つの100年構想をナショナルゴールに設定している。具体的には、建国100年に当たる2049年と、共産党創設100周年の2021年を節目とした国家建設目標だ。

 党大会で習氏は、2020年から2049年までを二つに分け、中でも2035年から今世紀半ばまでに「総合的な国力と国際的な影響力で世界のトップレベルの国家になる」と明確に宣言した。軍事力も同じ位置付けをしており、軍事力も含め米国と匹敵する強国を築くという戦略だ。ここに本質がある。

 第2期政権では宣言通り、さらに軍事力強化に拍車を掛けることは間違いない。仮に習氏の一存で対日改善に乗り出したとしても、東シナ海、南シナ海における常態的軍事行動、プレゼンスを高める行動は多種多様に実施してくることが予想される。日本の海上保安庁に相当する海警局の公船が南西諸島周辺以外の日本周囲を2017年以上に航行することも容易に予想される。

 それは中国が小さな衝突は外交交渉を優位に進めるための道具と捉えているからだ。

 習氏が自らの業績として「南シナ海」での軍事基地化を位置付けたことからも、日本に対する微笑が「戦略的微笑」に他ならないことは明らかだ。習氏の意向を忖度(そんたく)し、人民解放軍を含む周囲が強い対外行動を取る傾向も出てこよう。

米国ではティラーソン国務長官が解任され、ポンペオ氏やナバロ氏など対中強硬派のそろい踏みという形にも見えるが?

 トランプ大統領の対中脅威認識は対中貿易赤字が主体であり、安全保障がどの程度のウエイトを占めているのか疑問だ。

 すべて、国内向けの支持者層に向けた次の選挙のための動きに集約される。こういうトランプ大統領に対し、周りが国際協調を考えた同盟国重視路線の戦略を取るかどうかは楽観視できない。

 鉄鋼、アルミ問題にしても、中国はどういうふうに乗り切るかというと、一部は報復するが、全面的に経済戦争はしない。何とかなだめようという方針は決まっているからだ。だから一部新聞で書き立てているような、米中経済全面激突みたいなことにはならないだろう。

強権台頭の中国と内向きの米政権の狭間(はざま)にある日本がなさねばならないことは?

 中国もロシアも大国の復興を掲げ、欧米中心の秩序に挑んでいる。地政学的な野心も隠さない。一方でトランプ政権は米国ファーストを掲げ、同盟国との間に亀裂を生じさせ、中露に理想的な環境を提供している。

 習近平氏の強権的支配は長く続くことを想定し、西側諸国は経済分野での連携、投資に関した相互主義、知的財産権の保護、安全保障面での連携強化など核心的な利益を優先する首尾一貫した対中戦略を推進すべきだ。

 中国というフランケンシュタインを生み出したのは、対中戦略で失敗した西側諸国に原因がある。あらゆる面で中国に対し妥協しない姿勢が必要だ。日本は対中外交を立て直す一方で、西側諸国の体制を再構築する旗振り役を担うべきだ。

従来政権と習政権が違う点は?

 習氏が取り組んでいるのは、海と陸のシルクロード構想と台湾だ。

 「一帯一路」で中国とユーラシア経済圏を一体化させ、運命共同体にできるかどうか。党規約に盛り込んだ以上、国家的政策として失敗は許されない。ただ、「一帯一路」は軍事戦略と表裏一体のものだという認識が必要だ。世界のトップレベルになると宣言しただけに当然、そこには経済力、軍事力等総合国力を背景に中国を主とする主従関係の構築を描いていることだろう。

 問題は、習指導部が中国の発展モデルを他の発展途上国が学ぶように推進する姿勢を見せている点だ。

 これは一党独裁体制が西側の民主主義よりも経済発展では効率的との考えに基づいている。中国の価値観を認める勢力圏を築くことに意欲を見せている。

 もう一つの台湾は、民衆の心が中国から離れている。中国もそれは分かっているから、ここ1、2年、台湾の若者に対して就職への優遇や税金の優遇、さらにベンチャーでやる台湾人に対する優遇など手を打ち、これがボディーブローのように徐々に効いてきている。

 蔡英文総統の支持率は、低迷したままだ。中国は逆に微笑台湾外交をやって、それが功を奏している面がある。

 ただ人民解放軍は、武力統一のシナリオも持っている。

 台湾の国防大臣は議会で、中国から攻略されれば台湾は「1週間くらいしか持たない」という言い方に変わってきた。

 中国とすれば、ありとあらゆる作戦を駆使し、サイバーから始まって、ミサイルを打ち込み、米軍が来るにしても何日かかかるわけだから、それまでに終えられる時間が1週間もかからないという中国軍内部の強硬派の意見も伝わってくる。

台湾武力統一の契機となるのは?

 台湾がレッドラインを超えた時、もしくは米軍が撤退し力の空白ができたときだ。

 レッドラインは、蔡総統が独立とは言わないまでも、中国から離れるような政策を取ったときも含まれることになる。

 なお昨年、公式ではないが、米中間の会談の中で「38度線を米軍が越えたら、台湾を攻撃する」と言ったともされる。

王岐山氏が国家副主席に残った理由は?

 対米経済外交の仕切り役が王氏の役どころだ。二つの100年構想を掲げて走る中国は、さまざまに変化球を投げてくるトランプ政権に対し、摩擦を減らしてどう乗り切るかに腐心することになる。