一番大切なのは平和と安定

東南アジアのラストフロンティア

駐日ミャンマー全権大使 トゥレイン・タン・ジン氏に聞く

 東南アジアのラストフロンティアは、ベトナムとミャンマーとされた。ベトナムは中国リスクの避難先としての「中国+1」で、一足先に近代化への地歩を固めた。残されたミャンマーも軍事政権から脱皮し、昨年にはアウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)の政権が発足し、新たな助走が始まっている。新政権が抱える課題を駐日ミャンマー全権大使のトゥレイン・タン・ジン氏に聞いた。
(聞き手=池永達夫)

21世紀のパンロン会議
和平構築への取り組み

NLD政権になって1年が経過した。インドシナ最後のフロンティアとされるミャンマーの発展のために何が必要なのか?

トゥレイン・タン・ジン氏

1959年11月30日生まれ。国軍士官学校本部勤務(大佐)後、外務省儀典局長。2015年7月から駐日本大使。夫人との間に1男1女。趣味はゴルフに読書、執筆活動。

 ミャンマーにとって一番大切なのは平和と安定だ。平和と安定がなければ国家の経済の発展も人々の平穏な暮らしもあり得ない。ミャンマーにおいて民族が100以上混在する中で、平和と安定を確保することが肝要だ。NLD政権もこれに力を入れている。

政府の統治を受け入れない反政府武装勢力との和平交渉の進展具合は?

 NLD政権発足時、国民向けスピーチで、憲法改正と和平について述べた経緯がある。

 ミャンマーの状況は世界を見渡しても、どこにもない特異なものだ。他国では武装勢力の交渉相手は、それほど多くはないが、ミャンマーは多数の武装勢力と合意しなければならない。

 基本的に平和構築のためのプロセスというのは、時間が必要だ。ただ連邦団結発展党(USDP)前政権と武装少数民族の8グループとはすでに停戦合意を締結済みだ。残るのは7グループだが、現在、このグループはUNFC(統一民族連邦評議会)を組織し、ミャンマー政府と交渉を行っている。

 そのUNFCと平和条約締結にもっていけるよう交渉中だ。

 政府の基本方針は少数民族を公平に扱い、お互いに尊重し合い、相互信頼関係を高める方針で、先月24日に21世紀のパンロン会議が開催された。

 ミャンマー政府と国軍、停戦協定(NCA)に署名した少数民族武装勢力の代表者らが、首都ネピドーでNCAの実施に関する共同調整会議(JICM)を開催したのだ。NLD政権下、平和を実現するために国民が寄付を行い、NGO(非政府組織)を立ち上げ、平和についての対話や会議などを行っている。また一部の州や管区レベルでの政治的会議などが開催されていることは、現政府において平和の取り組みが進展している結果だ。

 第2回パンロン会議は今月24日に開催される。

ミャンマーの経済発展を実現させるために、海外の力を活用する手もある。外資を導入したり進んだ技術を使うことで経済の底上げを図り、国内の活力を引き出すことが可能になる。

 そうした外資の受け皿として三つの経済特区を設定している。一つはヤンゴン近郊のティワラ工業団地で、前政権の時に取り組んだものだが、日本が主体となって事業に参加した経緯がある。ティワラは、ミャンマー経済をけん引する重要な工業団地になる見込みで、期待度は高い。

残りの2経済特区は隣国のタイや中国、インドからの外資や技術の受け皿としての工業団地を想定したものなのか?

 残りの2経済特区は深海港のダウェー、それにチャウクピューだ。ダウェーはタイに近いタニンダリー州にあってアンダマン海に面している。ダウェー経済特区はミャンマーとタイと日本が2014年に合意して始まった。

 特徴は深海港にあり物流拠点にもなるところだ。地政学的にも重要なポイントで、他国も参入できる。

 ダウェーとタイに向かう道は、ほとんど完成し、メソット経由でバンコクとヤンゴンがつながっている。

南アジアと東南アジアを隔てていたミッシング・リングが埋まりつつある。

 ベンガル湾に面したチャウクピューは中国の投資が集まり、原油と天然ガスが集積され雲南省の昆明までパイプラインが敷かれている。

 インドとはインパールに抜ける道の一部分ともなるミャンマー国内の道路も建設中であり、ミャンマー中部のマンダレーからモンユワーを経由して国境都市タムーからインドのインパールに抜けるために整備中だ。そのような取り組みはASEAN(東南アジア諸国連合)が計画する東西回廊をつなげるためである。

北京で今月中旬、一帯一路サミットがある。ミャンマーは中国の習近平国家主席のリードする一帯一路構想に対しどういうスタンスなのか?

 習主席はワンベルトワンロード(OBOR=一帯一路)構想を打ち出した。

 中国のユーラシア大陸を東西にまたいだ経済戦略として、一帯は陸路、一路は海路を言う。ミャンマーは陸路の方に関わりがある。一帯一路が完成すると世界の人口の70%が関わり、全政界のGDP(国内総生産)の55%を占めることになる。その規模を考慮すると、どれくらい大きいか理解できる。

 一帯一路には、五つの分野がある。道路・鉄道や港湾といったインフラ整備や投資や金融での協力、国民同士の和合などがそれに含まれる。これはミャンマーの政策にも大きく関わるもので、興味を持っている。

 アウン・サン・スー・チー顧問兼外相が一帯一路サミットには参加するが、どう関わるかは、これから考えないといけないことだ。

ミャンマーの東西に隣接する中印とは、どちらに力を入れているのか。

 どちらか一方に片足を置くというようなことはしない。隣人を選ぶことはできないのだから全方位外交だ。ミャンマーは5カ国と国境を接している。北から中国、ラオス、タイ、インド、バングラデシュだ。とりわけ中国とインドは圧倒的な人口規模だが、ミャンマーの立ち位置ははっきりしている。これはミャンマー独立後、変更がない。外交は一カ国だけに集中しない。これが安全保障を担保する手段としても有効だ。