日台で「海の万里の長城」築け
中国の膨張と蔡英文氏の課題
前参議院議員・PHP研究所前社長 江口克彦
中国が、西に東に、その勢力を伸ばしつつある。中国は、共産主義と言っても、それは 衣裳のようなもので、服を脱げば、紛れもなく中華思想である。
その中国が、経済力をつけてくるに従って、中華思想に基づく凄まじい勢力拡大を進めつつある。西に向かっては、「一帯一路構想」、東に向かっては、「サラミ・スライス戦術」。まさに「両翼戦略」によって、世界を制覇、影響下におこうと目論んでいる。
「一帯一路構想」の「一帯」とは、中央アジア、ロシア、ヨーロッパを通る陸の道。「一路」とは、インド洋、地中海、ヨーロッパを通る海の道である。
「一帯一路構想」の沿線国に莫大な投資を行い、巨大な中国経済圏の形成を目指している。40余りの国、人口は約43億人、世界の63%に当たる。その資金集めのために、2014年AIIBを設立した。
中国の、「両翼戦略」の、東に向かっての勢力拡大の目標は、米国だ。そのためには、太平洋を制覇しなければならない。だが、邪魔になるのが、防波堤のように横たわる日本と台湾。米国を影響下に置こうとすれば、日台を、どうしても支配下に置かなければならない。
そのために、採っているのが「サラミ・スライス戦術」である。サラミソーセージを相手が気付かない程度に薄切りを繰り返していく。小さな前進を繰り返す。そうして、既成事実化し、目的を達成するのだ。
例えば、尖閣諸島のEEZへの侵入を繰り返している。遠からず、尖閣諸島に民兵が上陸、占拠することは間違いない。中国は居座り、既成事実をつくって、数十年先には、尖閣諸島は、中国の領土になる。そして、日本を支配下に置くーー。
台湾も台湾企業を優遇して、中国親派をつくっていく。気が付いてみれば、台湾は中国に併合されているだろう。
米国の大統領が、昨年、「世界の警察官を辞める」と言った。次期大統領のトランプ氏もまた、選挙期間中、「日本は在日米軍の駐留経費を全額負担すべき。応じなければ、在日米軍の撤退を検討する」と語った。沖縄から米軍海兵隊がいなくなれば、中国は、わがもの顔で日本の領海を航行出来る。
だが、このようなことになれば、東アジアの安定が毀損されるだけでなく、米国は中国と真正面対決を余儀なくされる。米中対立の構図が太平洋に出来る。
次期大統領が採るべき東アジア政策は、米中の太平洋での直接対決を避け、東アジアに、日本列島、台湾、フィリピン、オーストラリアを結ぶ「海の万里の長城」を形成することに最大の努力を払うことだ。太平洋で米中直接対決となれば、今の倍以上の軍事費を準備しなければならず、「アメリカ・ファースト」というなら、日台、日米、米台との緊密化、「ジャット(JAT)トライアングル」の確立を考えるべきだろう。
日台は、トランプ氏が政治家でなく、アメリカの経営者であると知っておくべきだ。政治理念ではなく、「損得」で考える。彼は、「アメリカ・ファースト」であれば、悪魔と握手することも平然とするだろう。ゆえに、最悪のことを日台は覚悟しておくべきである。日台関係強化は、今までにも増して喫緊の課題になってきた。
その台湾の蔡英文が総統になって、一年近くになる。彼女は、「聡明で、冷静な人」との印象を受けた。多分そつなく総統を務めると思う。だが、懸念は二つある。一つは、彼女に「腕力」があるかどうか。巨大な非民主主義国と真正面から取り組むのだから、相当な腕力が要る。それが出来るかどうか。
もうひとつは、国家を安定発展させるためには、原点を定めなければならない。そのためには、台湾アイデンティティとして、「自主独立、脱古改新、台湾人としての誇り、台湾is台湾」という李登輝精神(リ・テンフォイ・チェンシン)を、国家の原点として、国民に訴え、定着させることが出来るかどうかである。
いま、日台関係強化のために、蔡英文総統に求められている課題は、「腕力」と「李登輝精神の確立と国民への浸透」であることは間違いない。






