歴史を塗り替える中国
インサイト2016
筑波大学名誉教授・理学博士 遠藤 誉
2016年9月20日、米ワシントンDCのナショナル・プレス・クラブで国際シンポジウムが開催された。主催はアメリカの大手シンクタンク「Project(プロジェクト)2049」。会長は共和党のジョージ・ブッシュ前政権時代に国務次官補代理を務めていたランディ・シュライバー氏である。テーマは「実事求是――中国共産党の歴史戦」(事実に基づいて真実を求める――中国共産党が歴史を書き換えようと必死で闘っている)だ。
今年は中国建国の父、毛沢東の没後40周年記念とあって、筆者は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』を中心に、中国共産党の歴史の真相と、それが持つ現代性に関して話すよう依頼された。
冒頭シュライバー会長はおおむね以下のような主旨の挨拶をした。
中国共産党は今年「中国の学生は、より強い愛国心を持ち、中国共産党の歴史にマイナス要因をもたらす西側諸国の影響力に関して、より強い警戒心を持たなければならない」という指令を出したそうだ。中国にとって、どういう事実が「党の真の歴史」で、どういう事実が「西側敵対勢力が中国に悪影響を与える歴史」なのか、そしてなぜ彼らはこれほどまでに「いかなる歴史的ストーリーを描くべきか」に力を入れるのだろうか?
一般に、その国がどのような歴史的ストーリーを描くかは、その国の人々のアイデンティティを形成する。アイデンティティは自分たちが世界と地域のどこに、どのように位置付けられているのかに関する視点を形成し、究極的にこれは、その国の対外的行動に影響を与える。
したがって、中国の教育、文化、メディア、そして現在アジア太平洋地域で論議されている中国が広めている対外的行動に影響を与えている歴史的ストーリー(筆者注:中国が主張する、これが真実だとする歴史的事実)を、中国がなぜここまで重要視しているのかを、私たちは理解しなければならない。
それに続く筆者のスピーチの概要を、解説を交えながら、以下にまとめる。
1、中国が思想統一を強化する背景には、ただ単に一党支配体制を維持しようとする狙いがあるだけでなく、実は恐るべき事実を中国共産党が隠蔽(いんぺい)しているからだ。それは建国の父である毛沢東が、日中戦争(中国では抗日戦争)期間中、日本軍と共謀していたという事実である。毛沢東の真の狙いは、蒋介石を倒して自分が中国の覇者になることだった。そこで蒋介石が率いる国民党軍の軍事情報を高値で日本側に売り渡し、国民党軍を弱体化させることに全力を注いだ。
2、このようにして誕生した中華人民共和国(現在の中国)なので、毛沢東時代、ただの一度も抗日戦争勝利記念日を祝ったことがなく、またいわゆる「南京大虐殺」に関しては教科書に載せることさえ禁じ、いっさい触れさせなかった。
3、ところが、1989年6月4日に民主化を叫ぶ天安門事件が起き、91年12月に世界最大の共産主義国家であった(旧)ソ連が崩壊すると、中国は連鎖反応による中共政権の崩壊を恐れ、94年から愛国主義教育を始めた。「中国共産党こそが日本軍を打倒した」とする「抗日神話」を創りだし、95年から全国的に盛大に抗日戦争勝利記念日を全国レベルで祝賀し、同時に、中国を「反ファシズム戦争で重要な役割を果たした国」として位置付けるようになったのである。
4、この傾向は習近平政権になってから先鋭化し、昨年9月3日に挙行した中国建国後初の軍事パレードは、その象徴と言っていいだろう。あたかも自国が反ファシズムの先頭に立っていたように位置付けることによって、自国の軍事力を高めることを正当化している。つまり「中国共産党の歴史の塗り替え」と「中国の世界的な軍事覇権」は同一線上にあり、歴史の塗り替えを貫徹させるために(南シナ海や尖閣問題を含む東シナ海などにおける)軍事覇権を強行しているということができる。
5、日本に対して高々と掲げる「歴史カード」は、中国の軍事覇権を正当化させるための「武器」にさえなっている。その真のターゲットは実は日本ではなくアメリカで、日米同盟を有するアメリカを、「歴史の真実を認めない日本」と同盟している国として弱体化させようという戦略だ。中国はやがて経済的にも軍事的にもアメリカを凌駕(りょうが)し、世界最強の国になろうと目論(もくろ)んでいる。対日強硬策により、抗日戦争時代における毛沢東と中国共産党の真相隠蔽(いんぺい)を押し切ってしまうというのが中国のグローバル戦略だ。そのような「塗り替えられた歴史的ストーリー」で進んでいく世界制覇が、いかに大きな危険性を孕(はら)んでいるか、私たちは注目しなければならない。
おおむね以上だが、日本にこの意識が薄いことを痛感した。
閉会後、在米の中文系メディアの取材が殺到した。中でもアメリカ政府のVOA(Voice of America)は一時間番組を制作し、特殊なルートを使って習近平国家主席に直接見せるのだと意気込んでいる。毛沢東の威力を借りている習近平政権には打撃だろう。






