無意味な米海軍の「航行の自由作戦」

日米同盟と台湾 海洋安全保障の展望(3)

元統合幕僚学校副校長・海将補 川村純彦氏に聞く

ハリネズミ戦略で対中攻勢へ

中国が岩礁に人工島を造成し、その周辺海域の領有権を主張していることは国際海洋法違反だ。しかし、それでも、一定期間実効支配すれば領有権が認められるという海洋法を逆手に取ったものだ。

川村純彦氏

 確かに他国が違反行為を放置すると領有権は認められてしまう。だから、相手に抗議し、クレームをつけて、常設仲裁裁判所などでその訴えが認められれば係争事案になり、実効支配は認められない。フィリピンは、自国が領有するミスチーフ礁とスカロボー礁を中国が奪ったとしてオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に訴えているが、これは意味がある。

 尖閣諸島の場合は、1895年の日本領への編入以来、どこからも抗議がないまま日本が完全に支配してきたのだから、国際法上、日本の領有権はすでに認められている。

その意味で米海軍の艦艇が人工島の12カイリ内を通航する「航行の自由作戦」は意義があるのか。

 オバマ政権がやっている「航行の自由作戦」は、人工島の周辺は領海とは認めないという意思表示のつもりだろうが、私はほとんど意味がないと思っている。今、米国がやっているのは「無害通航」だ。無害通航というのは、ある国の12カイリ内の領海を他国の軍艦が、その国に不安や脅威を与えることなく必要最小限の行動だけで通航することをいい、無害通航である限り軍艦の通航は認められている。米国防総省の発表によると米海軍の艦艇は無害通航を行っている。つまり中国の領海だと認めているようなもので、むしろ逆効果である。

では、どういった対抗措置を取るべきだろうか。

カーター米国防長官

2015年11月5日、南シナ海で空母「セオドア・ルーズベルト」(後方)の視察を終え、垂直離着陸輸送機オスプレイで移動するカーター米国防長官(米海軍提供)

 無害通航でない行動、すなわち、艦艇を人工島の周辺を周回させたり、停止、投錨(とうびょう)したり、飛行機を飛ばしたりすべきだ。

 しかし、米国だけに任せておいては駄目だ。軍事的対応にしても、日本はじめ豪州など世界中の国々が一緒になってやるべきだ。というのは、中国は今、米国の軍事的行動について「米国だけが南シナ海の秩序を乱している」と自国民に説明して、国内の不満を収めている。だから、米国だけでなく多国籍で行動し、国際社会全体が反対していることを中国国民に知らせなければならない。

 それに中国軍と米軍だけを対峙(たいじ)させると、現場で衝突が発生する危険性が出てくる。5月17日に、中国軍の戦闘機2機が南シナ海の国際空域を巡回中の米海軍偵察機に約15㍍まで異常接近するという事態が起きたが、これは米軍への対抗措置だろう。航行の自由作戦がほかの国の艦艇も一緒ならば中国でも手を出せなくなるだろう。

日本も参加すべきだという点では安保法制は意義がある。

 安倍晋三首相は、中国があっと驚いて手が出せないことをやっている。

 2013年12月に新たに「防衛計画の大綱」を策定した。その中で、沖縄・南西諸島の防衛強化を打ち出して、それを受けて沖縄諸島に対艦・対空ミサイルを配備することが決まった。昨年4月27日に発表された新日米ガイドラインにも、日本がその周辺海空域並びに海空域の接近経路における防衛作戦を主体的に実施し、米軍は自衛隊の作戦を支援および補助するための作戦を実施すると明記された。

 これが何を意味するか。中国が今やっている「A2/AD」戦略を、日本が中国に対してやろうとしているということだ。これは、これまでの専守防衛からの発想の転換である。移動式の対艦・対空ミサイルを島々にハリネズミのように配備して南西諸島をがっちり固めて守る。さすがの中国も怖くて近づけないだろう。「航空優勢、海上優勢を保持する」という謙虚な言い方をしているが、「飛行機も船も阻止する」という意味である。一方、米海軍の第7艦隊の空母も中国の何百発という対艦弾道ミサイルの前に近づけない。だから、沖縄は日本が自分で守るという強い意思を示したということだ。

 安倍首相が日本版「A2/AD」をやろうとしていることを中国が知ったら驚くだろう。潜水艦も飛行機も阻止される。中国海軍は自由に東シナ海から出られないということである。