中国は信頼できる「核」確保に躍起

日米同盟と台湾 海洋安全保障の展望(1)

元統合幕僚学校副校長・海将補 川村純彦氏に聞く

台湾危機「敗北」教訓に

 先の伊勢志摩サミットでは、「東シナ海及び南シナ海における状況を懸念し、紛争の平和的管理及び解決の根本的な重要性を強調する」との首脳宣言が採択された。日本は今後、どのような海洋安全保障を展開すべきなのか。陸海空3自衛隊の将官や上級幕僚を養成する統合幕僚学校の元副校長・川村純彦氏が本紙のインタビューに答え、中国の海洋戦略、そして、海上自衛隊と中国海軍の実力を分析しながら、日米同盟と台湾という形の新たな安全保障の枠組みを構築すべきだと語った。(聞き手=政治部・小松勝彦)

南・東シナ海における中国の強引な海洋進出の背景には何があるのか。

川村純彦氏

 かわむら・すみひこ 昭和11年、鹿児島県生まれ。同35年、防衛大学校卒(第4期)、海上自衛隊入隊。対潜哨戒機パイロット、在米日本大使館駐在武官を経て、第5および第4航空群司令、統幕学校副校長などを歴任。現在、川村純彦研究所代表。海軍戦略・中国海軍分析のエキスパート。

 1949年、蒋介石総統の国民党軍は、中国共産党との内戦に敗れて台湾に逃れ、一党独裁の国民党政権を樹立した。その後、政権を継いだ2代目の蒋経国総統が死亡した時に、副総統だった李登輝氏が総統に就任した。台湾の民主化を推進した李総統は1996年の任期満了に伴う総統選挙を国民の自由投票で実施しようとした。

 すると、台湾の独立を恐れた中国が自国の一部である台湾の国民投票などは認めないとして、台湾の周辺海域にミサイルを撃ち込んで脅し、強引に選挙を中止させようとした。これに対して、米国は航空母艦2隻を派遣して軍事恫喝(どうかつ)をやめるよう迫ったが、中国は逆に「米国のロサンゼルスに核ミサイルが飛んでくることになってもいいのか」と恫喝した。しかし、米国はこれを無視して航空母艦を展開した。すると、中国はそれ以上何もできず、台湾での初めての民主的選挙は実施され、台湾の民主化は大きく前進した。米国に対する中国の核の脅しが効かなかったのだ。こうして中国にとって、96年の台湾海峡危機での敗北が大変なトラウマになってしまった。

中国はこの経験からどのような戦略を導き出したのか。

 この苦い経験から中国は三つの教訓を学んだ。一つは、航空母艦がこれほど怖いものなのかということを実感したことで、絶対に航空母艦を持つべきであるということ。そこで、ウクライナからスクラップ直前の航空母艦を購入し、それを改装して「遼寧」というそれらしきものを作った。

 二つ目は、航空母艦を中国近海に寄せ付けないようにしなければならないということ。対艦弾道ミサイルを開発し、遠くから航空母艦を攻撃できるようにした。

 三つ目は、最後まで生き残って米国を攻撃できる核ミサイルが必要だということ。米国に核の脅しが効かなかったことが最大のショックだった。米国に対抗できる戦略ミサイルの開発に躍起になって、陸上発射型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を移動型にした。さらに、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載する「晋」級戦略原子力潜水艦(SSBN)を開発し、これを南シナ海の海南島に配備した。SSBNは水中に潜んでいるから探知が難しい。自分の国が全滅しても生き残り必ず核報復できる。

SSBNは守る側としては厄介な代物なのか。

 冷戦時代の70、80年代、ソ連は極東のウラジオストクを中心に潜水艦だけでも100隻以上という大海軍力を持っていた。当時、私が乗っていた海上自衛隊の哨戒機と米第七艦隊は、これら潜水艦を追い掛けてソ連を牽制(けんせい)するのが任務だった。ソ連の潜水艦が、例えば、津軽海峡や対馬から出てくると、われわれは全部探知していた。

100隻以上もの潜水艦を全部探知できたのか。

 なぜソ連の潜水艦のほとんど全部を探知できたかというと、ソ連の艦艇は必ず狭い海峡を通らないと太平洋に出られないというハンディキャップがあったからだ。

 われわれは対潜哨戒機からマイクロフォンが付いた音響探知機(ソノブイ)を次々に海面に投下して、ソ連の潜水艦の音を聞いていた。当時、米国と日本の探知能力は突出していた。P-3Cなら1機で四国ぐらいの面積を捜索できる。今でも対潜能力は世界のトップレベルだ。中国の先生役であるソ連の対潜水艦戦能力はずいぶん遅れていた。従って、中国は今でも広域捜索能力が極めて低い。

 一方ソ連は、スパイが米国の情報部員から金で買った情報によって、ほとんどの自国潜水艦が探知されているという事実を知って仰天した。それまではハワイの近くまでノコノコ出てきていたソ連の潜水艦が急に出てこなくなった。そして、米国本土まで届くミサイルを開発して、オホーツク海に潜水艦を展開させ、そこから直接米国本土を狙うようになった。

ソ連崩壊の要因には、米国に対する軍事的劣勢がはっきりしたこともあるのでは。

 経済力と技術力の差が主要因だろう。米国の軍事力、特に戦略防衛構想(SDI)、いわゆるスターウォーズに対抗できなくなったこともある。文化的にも全然魅力がなくなってしまった。ただ、結局冷戦には負けたが、潜水艦による核抑止力だけは最後まで守り通した。ロシアはそれまでの考え方からすれば冷戦の敗戦国だが、ソ連崩壊後も大国の振る舞いをしているのも信頼できる核抑止力を持っているからだ。これを中国が見て学んだのだ。