ウイグル襲う新型コロナ禍 トゥール・ムハメット氏
日本ウイグル連盟会長 トゥール・ムハメット氏
中国・武漢を発生源とする新型コロナウイルスは世界中で感染が拡大している。中国当局から激しい弾圧を受けているウイグル族にもコロナウイルスの感染が広がっており、当局の差別的対応について日本ウイグル連盟のトゥール・ムハメット会長に話を聞いた。(聞き手=石井孝秀)
飢餓、政治犯処分の懸念も
ウイグル族にどのような被害が出ているか。

トゥール・ムハメット 人権活動家。農学博士。新疆ウイグル自治区ボルタラ市出身。中国農業大学卒業。新疆農業大学講師。1994年に来日、九州大学留学(99年3月農学博士取得)。97年より留学中の日本で、ウイグル人の人権問題を訴える活動を開始。2015年10月、日本ウイグル連盟会長。
封鎖の前に武漢市から500万から600万人くらいの人たちが全国各地に逃げた。その逃げ出した人たちのうち、13万人ほどが東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)に避難した。この逃げて来た人々の中には当然ながら新型コロナウイルスに感染した人も含まれていたので、彼らはウイルスを東トルキスタン各地にばらまいたことになる。中国当局の発表では今月初めの段階で、東トルキスタンにおける感染者が76人、そのうち死亡者は3人だ。これはあまりに少な過ぎて信頼できる数字ではない。米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、住民は自宅待機を強いられ、飢餓が起きているケースもある。
中国本土でも食糧難は起きているが、東トルキスタン内はもっと深刻だ。われわれの予想では300万~500万人以上のウイグル人が強制収容所に入れられており、収容所の外に残るのは老人や女性、子供ばかりだ。農村地帯は畑が荒れてしまい、トルファン市ではブドウ園のブドウが収穫もされずに枯れてしまったという報告もある。生産活動がここ数年停滞しているため、食料の供給はより少なくなっている。
現地の人々の様子は分かるか。
情報が制限されているので詳細なことは分からないが、一部ネット上に動画が出ている。グルジャ市のある団地では、そこに住む若い男性が下りてきて、妻と子供2人が飢えているので食料がほしいと訴え、悲しみのあまり頭を道端の鉄柱や地面に打ち付けていた。 また、ベッドに鎖でつながれ、殺風景な部屋に拘束されたウイグル人男性の動画も見つかっている。彼は現地の成功したビジネスマンで、ウイルスに感染したため、外に出られないよう部屋に閉じ込められている。このように非人道的な扱いで拘束された人は、ほかにもたくさんいると考えられる。
彼らが満足な治療を受けられるかも怪しい。アメリカではワクチン開発が進んでいるが、企業の融資や就職などでもウイグル人の扱いが不平等だったことを考えると、たとえワクチンが普及しても中国人優先でウイグル人は後回しにされるだろう。
今後、特に懸念していることは。
幾つかある。一つは中国の公安部が、山東省や広東省など一部の刑務所で感染が広がっていると公表した。なぜ刑務所での感染を公表するのかを考えると、コロナウイルス拡大に便乗して政治犯の処刑を考えている恐れがある。
国際世論の目もある中で、邪魔な政治犯を「新型肺炎で病死」という安全な理由で消すことができる。実際にウイルスを刑務所や強制収容所内に広げる、バイオテロのようなやり方をするかもしれない。
拍車かかる若者の強制労働
もう一つはウイグルの若者が中国本土で労働者として連れて行かれていることだ。今、コロナウイルスの影響で中国本土は労働力が足りていない。建前はウイグル人を豊かにするため、若者を本土の工場で働かせるという触れ込みだ。しかし実際は、警察による24時間監視の下で働かされ、工場が強制収容所化している。
ある閉鎖した工場では、工場長が自分の手元にいるウイグル人男女を使って、派遣社員のようにほかの職場へ労働力を提供している。工場側が対価を受け取るが、ウイグル人に賃金は支払われない。まるで奴隷売買のような状態だ。以前から労働力として若いウイグル人が駆り出されていたが、今回のコロナ騒動で拍車がかかってしまった。
また、今月初めに浙江省などで中国人感染者の肺移植手術が2件行われた。中国側は「脳死の人からの提供」としているが、わずかな時間でドナーが見つかったことを考えると、われわれはウイグル人の臓器が使われたのではないかと疑っている。
中国全土で臓器の需要は多い。2019年9月から11月まで、東トルキスタンの各強制収容所から約100万人のウイグル人が秘密裏に中国本土に連行され、黒竜江省から広東省までの各地の刑務所に分配されたことが分かっている。そのウイグル人たちは各地にドナー用に振り分けられており、判明しているデータだと河南省の中心都市・鄭州市の刑務所に2000人ほどいる。ドナービジネスのため、ドナー用のウイグル人はなるべく感染しないよう、厳重に管理されていると思われる。
今回のコロナウイルスが中国のウイグル政策に与える影響は。
ウイグル弾圧が世界のトップニュースから外れるようになった。ウイグル問題が置き去りにされ外圧が消えたという点で、コロナウイルス騒動は中国政府にメリットがあったと言える。再びこの問題にスポットライトが当たらなければならない。
私は研究費があれば、これまでどれくらいのウイグル人が中国本土に連れ去られたか調べて、正確な統計データとして公表したいと考えている。だが、データは中国の報道、アメリカや日本、ヨーロッパなど、あちこちの研究所に分散しているのが現状だ。これを数年かけて集めてリポートにすれば、ウイグル弾圧を裏付ける重要な証拠になる。