西欧の価値観 ロシア文明特別論が挑戦

2015 世界はどう動く 識者に聞く(17

ロシア科学アカデミー主任研究員 アレクサンドル・ツィプコ氏(上)

400

アレクサンドル・ツィプコ 1941年生まれ。モスクワ哲学部大学卒。コムソモリスカヤ・プラウダ紙記者、ソ連共産党中央委員会国際部顧問、ゴルバチョフ基金主任、独立新聞編集長などを経て現職。国営テレビニュース番組「ヴェスティー24」コメンテーターなど。1992年から1年間、北海道大学スラヴ研究所で客員教授。

 ――ロシアの2014年をどのように評価するか。

 新生ロシアはわずか23年。国家の基盤はまだしっかりしておらず、北カフカスでは戦争が続いている。経済も弱く西欧に依存しており、国民の貧富の差はあまりにも広がっている。このような状況下で、ロシアの経済が急激に悪化することは、ロシアの存亡につながる重大な脅威である。

 対照的に政治的な安定、そして、プーチン大統領を中心に国民の一体感は急速に強まっている。プーチン大統領はクリミア併合により、かつてないほどの国民の支持を得ている。約88%の国民がプーチン大統領を支持している。

新生ロシアは、1991年8月に起きた反共産主義革命・民主革命により誕生した。エリツィン元大統領を中心とする政治エリートたちがソ連共産党中央委員会の活動を禁止し、マルクス主義を完全に否定し、人権を尊重する西欧の価値観に立脚した新憲法を93年に制定した。

 ――その後、新憲法の思想的正統性を変更しようという試みがなされてきた。

 その通りだ。国民の多くは新たな思想を受け入れず、ソ連という過去に回帰しようとしている。ロシア共産党のジュガーノフ委員長が高い支持率を保っているのがそれを示している。

 一方で、これに対抗する新たな思想が現れた。ロシア文明を特別だとする思想だ。この思想において、ソ連は、ロシア文明の一つの選択肢とみなされる。スターリンやボルシェビキの犯罪、ソ連という歴史が犯してきた人道的な犯罪は除去される。このロシア文明を特別だとする思想は極めて危険な潮流だ。ロシアを再び、マルクス・レーニン主義に回帰させるものであり、ロシアの文学やロシアの文化の底辺に流れる西欧の価値観や、ペレストロイカ(改革)以降にわれわれが得た民主主義を拒否するものだ。

 ロシアの哲学は、この観点では西欧の価値観と全く同一であり、プーシキンからトルストイ、ドストエフスキーに至るロシア文学もまさにそうである。

 ――プーチン大統領は2006年、スターリン弾圧犠牲者メモリアルの除幕式で、「ロシアがかつて選択したソ連という道は、行き止まりの道だった」と語った。

 そうだ。しかし、ロシア文明を特別とする思想の危険性とは、ロシア人は物質的価値に傾倒せず、道徳性が高く、共同体を重んじる民族であるとして、ソ連体制とは、生活共同体(コンミューン)で暮らすことを希求する頂点に立つ制度であると宣伝していることだ。ロシア正教のキリル総主教も、この思想に傾倒しつつある。

 ロシア文明は西欧よりもモラルが高いとの考え方自体が、すべての民族の道徳的価値を認めるキリスト教の原則に反している。しかし、われわれの総主教はこれを理解していない。

 非常に大きな意味を持つのが、2014年12月末にプーチン大統領が文化に関する国家評議会で行った演説で、アレクサンドル・ソルジェニーツィンを強く擁護したことだ。プーチン大統領は、「ソルジェニーツィンはソ連体制、その欠点を批判しているが、それは、将来のロシアの利益を念頭に行ったものだ」と、ソルジェニーツィンは決して反ロシアではないと反論した。これによりプーチン大統領は、反共産主義から出発した新生ロシアの正統性を擁護し、ロシア文明を特別とする思想を否定したのだ。

(聞き手=モスクワ、イリーナ・フロロワ)