相模原事件の再発防止策、退院後の支援強化で防げるか
特報’16
「措置入院、指定医判断に疑問」
神奈川県相模原市の障害者施設で起きた殺傷害事件から9日で2週間。元職員植松聖容疑者(26)は犯行前に措置入院になっていたことから、退院後のフォローアップが再発防止策の焦点になっている。しかし、そもそも措置入院や退院を判断する精神保健指定医の判断に疑念を生じさせる事例は少なくなく、そうした精神医療の実態を無視した制度の見直しは「筋違い」と危惧する声が出ている。
(編集委員・森田清策)
医療より司法で対処?
厚生労働省は近く、事件の再発防止を検討する検証会議を立ち上げる。課題となるのは措置入院後のフォローアップ体制だ。自民党も9月にプロジェクトチームを設置して、制度の見直しを検討することになった。
措置入院は、精神保健福祉法に基づき、精神疾患で自傷他害の恐れがある場合、精神保健指定医2人の判定により、都道府県知事が強制的に入院させる制度で、平成25年6月30日時点で1663人が入院している。
政府と与党の動きに対して、異議を唱えるのは「市民の人権擁護の会日本支部」代表世話役の米田倫康さん。「そもそも(措置入院を含めた)強制入院制度は、指定医の判定に信頼を置く前提で成り立っている。それが揺らいでいるのに、措置入院の強化に動くのは問題」。同会は精神医療による人権侵害の監視活動を行っている市民団体だ。
精神科医の判断に疑念を生じさせた代表的な事例として、米田さんが挙げるのが15年前の「附属池田小事件」。犯人の元死刑囚が児童8人を殺害し、教師を含む15人に重軽傷を負わせ、日本中を震撼させた。
元死刑囚には、事件を起こす前、強姦、暴行など15回の逮捕歴があった。しかし、精神障害を偽装したため、多くは不起訴処分となった。結局、措置入院となり、退院後に事件を起こした点では、植松容疑者と類似する。
「池田小事件では、犯人を統合失調症等と診断・治療していた複数の精神科医が法廷では『精神病ではなかった』と驚くべき証言を行っている」と米田さん。さらに、「保険請求のために病名を書き換えたり、前医に倣って病名をつけたりと、いい加減な理由で措置入院が決定されていた実態も明らかになった」という。
昨年発覚した聖マリアンナ医科大学の指定医不正取得問題は記憶に新しいが、その問題は精神医療の信頼性をさらに失墜させることになった。
植松容疑者は今年2月14日、衆院議長公邸を訪れ、障害者殺害を予告する内容の手紙を渡そうとしたことが分かっている。それから4日後、施設職員に「重度障害者を殺す」と話したことから、同19日に緊急措置入院の処置が取られた。
そして、医師に「大麻精神病」「妄想性障害」などと診断を受け、改めて措置入院となった。その後の診察で措置入院の必要性はなくなったとして、退院したのは3月2日だった。現行制度では、治療により症状がなくなれば、退院させなければならない。その判定は指定医1人で行えるが、退院後の行動に責任が持てるか、迷う指定医は少なくない。
一方で、制度上、退院後の治療継続を強制させることはできない。植松容疑者は退院後、4カ月半以上たって、重大事件を起こしている。「フォローアップが必要」との意見が強まっているのはこのためだ。
また、前述したように、植松容疑者は一度は大麻精神病、妄想性障害などと診断されたが、事件の高い計画性や犯行状況から、警察関係者は「精神的な疾病や薬物などが重大な影響を与えたとは考えられない」として、刑事責任能力はあると見ている。
米田さんは「指定医の権限は強大であるが、その権限に見合う能力と責任が伴っていないのが現実だ。強制入院の在り方を検討する以前に、1年以上かけて何らの中間報告すらない指定医不正取得の調査結果を即座に公表すべきだ」と語る。さらに、精神医療に詳しい専門家は「植松容疑者については本来、司法の判断で対処すべきものだったのではないか。精神医療の対象でないものを、措置入院させたところに問題の根がある」と指摘した。