菅首相退陣会見、発信力が不足し「信」失う


記者会見する菅義偉首相=9日午後、首相官邸

 菅義偉首相の退陣の記者会見が、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく19都道府県の緊急事態宣言延長の発表に合わせて行われた。「1年間、新型コロナとの闘いに明け暮れた日々だった」という首相らしい異例の形での幕引きである。

 疎かにされた政治信条

 菅政権はコロナ感染拡大という国難に立ち向かいながら国家の舵(かじ)取りを担わざるを得なかった。コロナ対策では不評もあったが、外交・安全保障分野では数々の実績を挙げた。しかし、発信力不足が大きく影響して国民の理解を深められず政権の支持率が低下。最後は自民党総裁再選への策を弄(ろう)して力尽きた。

 菅首相は昨年10月の首相就任初演説で「国民のために働く内閣」と命名し、諸改革を実現して「自助・共助・公助」と「絆」のある新しい社会をつくり上げていく方針を表明した。しかし、首相が「秋の政治日程について問われるたびに新型コロナ対策が最優先と言ってきた」と語るように、政権発足当初からコロナ対策に傾注せざるを得なかった。現在ではワクチン接種が進むなどして「戦略的な闘いができるようになった」というのは確かだろう。

 ただ、その成果やポストコロナの見通しを自らの口で国民に分かり易(やす)く十分に説明できたかというと疑問である。今年1月の通常国会冒頭の施政方針演説では、政治の師だった梶山静六元官房長官が自らに諭したという二つの政治信条を紹介した。その一つである「負担を与える国民への説明と理解を得ること」の重要性について、これまでの首相の言動を振り返ると、疎(おろそ)かにされてきたと言える。

 首相が「長年の課題に挑戦」してきたという外交・安全保障分野での成果についても、もっと国民にアピールしてよかったのではないか。首相は「日米同盟のさらなる強化を図り、自由で開かれたインド太平洋構想の具体化に向け、同志国、地域との連携と協力を深めることができた」と語った。

 首相は今春の訪米でバイデン米大統領と共同声明を発表。その中で台湾問題に触れたことは画期的だった。中国の軍事的脅威が増大する中で沖縄県・尖閣諸島防衛に日米安保条約第5条を適用する約束を取り付け、日米豪印の枠組み(クアッド)で対中抑止強化を戦略的に進めた意義も大きい。長期の安倍晋三前政権でできなかった憲法改正のための改正国民投票法を成立させた。

 首相は語らなかったが、政府の有識者会議が皇統を守るため旧宮家の男系男子の養子縁組を初めて選択肢として位置付けたことも高く評価できる。野党から強い反対が叫ばれる中、東京五輪・パラリンピック開催を断行して国民の士気を向上させ、世界に勇気と希望を与えて国際的な信用を獲得したことは特筆すべき功績である。

 新総裁は教訓を生かせ

 淡々と地道に政策を実現し、評価は国民がすればいいという姿勢では、理解や支持は広がらない。

 29日に選出される新総裁は、こうした教訓を生かすべきだろう。政治は「信なくば立たず」である。