「新日英同盟」の構築を、インド太平洋構想拡大へ動け

東洋大学教授 西川佳秀

 先月23日、日英両政府は包括的経済連携協定(EPA)に署名し、来年1月1日に発効の運びとなった。同協定は英国のEU離脱に伴い、日英貿易が日欧EPAの枠組みから外れることによる関税面の不具合を回避するための措置だが、英国はこのEPA締結に続き、日本が主導して立ち上げたTPP11(環太平洋経済連携協定)への参画にも強い意欲を見せている。

東洋大学教授 西川佳秀

米首都ワシントンを行進するトランプ米大統領の支持者たち=14日、山崎洋介撮影

 EU離脱で欧州大陸と距離を置くようになった英国は、アジア・太平洋に経済の軸足を移しつつある。東方への関心の高まりは、習近平国家主席の訪英が象徴するように、かつては中国への期待感が強いものであった。しかし中国の対外膨張が強まるにつれて、メイ政権は対中警戒心を深め、さらにコロナ災禍の対応や香港の一国二制度を保障した1984年の英中共同声明を無視した中国への反発も加わり、ジョンソン政権は親中路線を捨てアジア太平洋におけるパートナーとして日本を重視する姿勢を強めている。

 既に英国はメイ政権以来、中国の海洋進出牽制(けんせい)を目的に、最新鋭空母クイーンエリザベスの極東回航計画を進めており、今後、経済だけでなく政治・軍事の分野でも日英関係は緊密さを増していくことが予想される。英国のアジア太平洋回帰の胎動は日本の国益にとっても歓迎すべき動きであり、わが国は英国との戦略的な連携強化、すなわち新日英同盟とも呼び得る戦略的同盟関係の構築に積極的に取り組むべきである。

 抑圧・独裁・閉鎖の国家主義政策を進める中国は、ロシアと共に自由・民主・開放の日欧米世界にとって重大な脅威となっている。抑圧・独裁・閉鎖は大陸国家の政治手法であり、自由・民主・開放は海洋国家の特性である。つまり21世紀の世界政治は大陸勢力と海洋勢力の覇権闘争にほかならず、地政学者スパイクマンがリムランドと名付けた両勢力の接点ではランドパワーとシーパワーが日々激しくぶつかり合っている。リムランドの取り込みを狙う中国の戦略が一帯一路構想であり、それに対抗し自由民主世界を防護するための海洋勢力の指針が、安倍政権が掲げ、今やアメリカをはじめ自由主義諸国が賛同参加する「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)の戦略である。

現在、FOIP構想の主役は、共に海洋国家である日米豪、それにインドを加えた4カ国だが、世界的規模で海洋進出を進める中国に対抗するには、4カ国相互の関係を緊密化させるだけでなく、シンガポール、マレーシア、フィリピンなどASEAN(東南アジア諸国連合)海洋国家の参加や、さらには台湾との連携も不可欠だ。その際、現在の太平洋地域におけるアメリカを軸とした2国間のハブスポーク型安全保障の枠組みを、より柔軟で弾力に富む多国間メッシュ型の安全保障の枠組みに改編する必要もある。

 アメリカの力に既に陰りが見える中、アメリカを支えつつ、こうした多国間海洋連合の構築に主導力を発揮することが、海洋国家日本の使命である。多国間の複雑かつ困難な調整には高い交渉力や調整の努力が必要となるが、旧宗主国として多くの海洋諸国に今も大きな影響力を保持している英国から助言や支援を得ることは、日本にとって大きな意義を持つものである。さらに、自由世界全体を国家主義の毒牙から守り抜くには、海洋国家連合の対象地域をインド・太平洋に限定せず、三大洋を扼(やく)す地球規模の海洋同盟へと発展させることも視野に入れるべきだ。英国をFOIPに加えた拡大FOIPの構想である。日英の戦略関係強化は、このグローバルな海洋同盟(global maritime alliance)構築においても必要不可欠な取り組みである。

英海軍に補給・修造支援を

 日英連携を進めるに当たりわが国に求められるもの、それは、アジア回帰という英国の動きにただ追随するという受け身の姿勢ではなく、積極的に海洋国家の英国を日本の戦略構想の中に取り込み、活用せんとする強い政治的な意志と指導力の発揮である。一回限りの極東回航に終わらせず、英海軍の恒常的なシープレゼンスを期待するなら、補給や造修などの支援やサービスを日本政府は提供すべきであり、海外根拠地の相互利用(例えば横須賀や英領ディエゴガルシアなどの日英米共同使用)は、行動海域を拡大させている海上自衛隊にも益する施策となろう。またファイブアイズへの参加と情報の共有を期待するなら、スパイ防止法の制定や民間も含めたセキュリティクリアランス制度を整え、情報収集体制の強化にも取り組むべきだ。相手が欲する情報も持ち合わせていない国に、価値ある情報を提供してくれる国などない。

 さらに英国との価値観の共有も大切だ。「自由で開かれた」世界戦略を主導する国であるなら、中国による香港弾圧許すまじの信念や自由・民主・開放世界の守護に任ずるとの気概を持つべきであり、それが英国の対日信頼度を高め、日英間に共鳴・連帯・結束の意識を生み出すのである。日英新同盟が真に意義あるものとなるか否かは、日本自身の戦略的な英知とその実践に懸かっているのだ。