米中トップ指導者人事に思う
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
恒例無視し習政権長期化へ
混乱続くも開放的な米大統領選
世界の注目を浴びた米国の大統領選は接戦の末、メディアはバイデン勝利を報じている。しかしトランプ大統領側は劣勢を認めず、票の集計をめぐって訴訟など徹底抗戦の構えであり、国論の分断や混迷は当分続きそうである。
他方、中国でも10月下旬の第5回共産党中央委員会全体会議(5中全会)で習近平国家主席が次期党大会以降も政権を担う重大な人事方針が決まったようで、長期政権化の趨勢(すうせい)を前に習礼賛の声が沸き上がっている。米国における大統領選出の混乱と醜態に比べ、中国でのトップ人事は一見整斉として問題ないようにも見受けられるが、そこにも体制不安定化や混乱の種は内在している。
上意下達で幹部を選出
周知の通り、米国での大統領選挙は、共和・民主の2大政党から推薦された大統領候補が、州ごとに人口比で決められた選挙人を奪い合い、その過半数270人を獲得した方が勝利宣言をして決着する。
他方、中国では、9千万人を超える党員を抱える共産党が執政党で、5年ごとに約3千人の代表が党大会を開催し、平時の決議機関となる中央委員等の人事選出と向こう5年の政治戦略を決める。トップ指導者など幹部選出は一応共産党内の手順を経ているが独裁体制であり、上意下達が基本である。
実際、中華人民共和国が成立した当初段階では、毛沢東が共産党主席に座り、独裁体制の頂点で専制的に統治し、大躍進政策や文化大革命などを発動したが、結果として国内大混乱や経済の停滞を招いた。
毛逝去後は、革命第2世代の鄧小平時代となり「改革開放政策」で経済発展を促すとともに、革命体験のない第3世代以降の指導者の登用に備えて有名な「韜光養晦(とうこうようかい)」の遺訓や幾つかのルールを残した。その一つは国家運営の最高決定機関を5~9人の政治局常務委員会とし、重要事項は多数決で決定する集団指導体制で進める、二つは国家主席の任期を憲法で2期(1期は5年)までと規定してトップ指導者の独断専政と長期在任を規制した。これら鄧小平の遺訓は3世代の江沢民、4世代の胡錦濤によって守られ、混乱なく今日まで政権が引き継がれてきた。
習主席は、2012年秋の第18回党大会で5世代トップ指導者として抜擢(ばってき)され、党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席を占めた。そして17年の第19回党大会でも恒例により2期目の総書記などに再任されたが、同時に次期指導者への引き継ぎ準備も恒例であり、その指名が注目されていた。
本年10月下旬に開催された5中全会での注目点は、習礼賛が目立ったことで、習氏を「党中央の核心」から「全党の核心」に格上げを決議し、3期目の習政権の続投説を裏付けていた。第2の注目点は人事で6世代の候補者の指名や常委への取り上げがなかったことであり、これも習政権長期化の根拠との見方に繋(つな)がっているが、恒例無視の対応は後日の禍根とならないか、注視していく必要がある。
なお習政権の長期化は、唐突に出てきたものではない。習1期政権時代の反腐敗闘争では高位幹部をも容赦なく汚職摘発して政敵を排除し、習2期政権時代は武装警察部隊を手元に置くなど、権力集中工作で異論を出させないよう習一強体制を着々と進めてきていた。
見てきたように、コロナ禍環境下で米中角逐が先鋭化し、経済が打撃を受ける中で、米中両国は指導者選出で対象的な様相を見せていた。中国の共産党独裁体制下の人事は、表立った波風や異論もなく一見効率よく見えるが、10億人の国民がSNSやインターネットで多様な交信や情報交換ができる時代にいつまで情報統制や上位下達方式の強権統治が続けられるのか、問題を孕(はら)んでいる。
立派に選挙結末収拾を
他方で米国も大統領選では両候補が罵(ののし)り合いに近い討論を交わし、訴訟の多発や国論分断、熱烈な支持者の武装化や暴力行為などの醜態をメディアは懸念しているが、それでも自由選挙という民主主義の元祖的米国の選挙システムの方が開放的で、透明な制度であることに間違いはない。
次期米大統領にバイデン就任は動くまいが、米世論の実情をバックに膨張主義で国際秩序軽視の中国に毅然(きぜん)とした対応を期待したいし、少なくとも中国に安保上の指揮の空白につけ込まれないよう選挙の結末を立派に収めて、民主主義のお手本国としての米国政治を見たいものである。
(かやはら・いくお)






