海上保安庁を内閣直轄に ミサイル・尖閣防衛 元海将 伊藤俊幸氏

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日米で「統合防空」進めよ ミサイル・尖閣防衛 元海将 伊藤俊幸氏

金沢工業大学虎ノ門大学院教授、元海将 伊藤俊幸氏

金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将 伊藤俊幸氏

金沢工業大学虎ノ門大学院教授・元海将 伊藤俊幸氏

沖縄県の尖閣諸島周辺での中国公船の領海侵入が繰り返されているが。

 中国は完全に独裁体制になった。集団指導体制だった頃はここまで過激に周りは動かなかった。ところが習近平主席は自分を「党の核心」であると宣言し、2049年に米国を超えると言及した。対香港政策が過激になるのは結局、国内世論におけるナショナリズムの高揚が独裁体制の維持に必要だからだ。

 中国は昨年7月に出した国防白書で初めて、尖閣における海警の行動は「法に基づく国家主権の行使だ」と書いた。裏返すと自衛権を発動すると言っているのと同じだ。実際一昨年には、中央軍事委員会の指揮を受ける人民武装警察の傘下に海警局は入った。さらに先月21日からは、有事において武警は軍の直接指導を受けるとされ、巡視艇とは名ばかりで、白く塗装している軍艦が尖閣周辺に常時配備されているのだ。

日本は海上保安庁の巡視船が対応している。

 日本は自衛艦を出すと先にエスカレーションラダーを上げて戦争を始めた国になるから、国交省の下にある海上保安庁が警察権の範疇(はんちゅう)で頑張るんだと説明してきた。ところが相手が勝手に軍隊になり、日本はこれまでの体制で本当に大丈夫なのか問われている。

 海上保安庁の位置付けを変えなければいけない。中国も組織改編したように、米国の沿岸警備隊も、もともと運輸省の下にあったが、9・11後に新設された国土安全保障省の下に入った。まずは経済官庁である国土交通省から外して内閣直轄にし、一定の自衛権行使を認めるべきだ。撃たれたら正当防衛・緊急避難で撃ち返すのではなく明白な危険が切迫している段階で、体当たりや武器使用などの実力行使を可能にすべきだ。

そのような対応は自衛隊でもできない。

 「海上における警備行動」が命じられている自衛艦も、あくまで警察権行使が認められる状態だから、海上保安庁と同じことしかできない。最近、中東から(情報収集任務を終えた)護衛艦「たかなみ」が帰ってきたが、一番の問題はもしイラン革命防衛隊が攻撃してきたらどう対処すべきか、だった。彼らがもし攻撃してきた場合、国家主体が攻撃してきたことになる。日本はこういう時に対応する手段がない。

海上保安庁の巡視船ならなおさらできないのでは。

 北朝鮮の不審船事件があってから、外国の犯罪船に対しての射撃が可能になった。そもそも警察権における武器とは、相手の行動を止めるために使用するものだ。船の場合はエンジンやスクリューを射撃することになる。しかし、その結果人が死んでしまった場合、海上保安官は処罰されるかもしれなかった。

 それが不審船事件を経て、たとえ犯人が死んだとしても、違法性が阻却されることになった。ところが海上保安庁法20条2項には、「外国船舶のうち軍艦と公船(政府が所有し非商業目的にのみ運航する船舶)を除く」と書かれている。相手が国家主体だった場合、日本は口頭で退去要求しかできない国家なのだ。

「平時の自衛権」議論急げ

尖閣諸島地図

尖閣諸島地図

それでは到底、対処できない。

 相手は軍隊だから、武力行使(破壊と殺傷を目的に武器を使用)を前提として行動してくる。ところがこちらは武器使用(さらに限定付き)。これでは相手にならない。軍艦対公船のにらみ合いになっているからこそ、海上保安庁の地位を変えないといけない。

 平時において、国家主体である軍艦同士が小競り合いするレベルの自衛権行使を「平時の自衛権」や「マイナー自衛権」という。自衛権というと、国家が侵略されこれに対抗するいわゆる国家間の戦争をイメージすると思うが、現場レベルでも国家主体同士の軍艦や公船などの小競り合いの状態があり得る。

大口径の砲を搭載した1万トン級の中国海警船。世界最大級の巡視船とされる(海上保安庁提供)

大口径の砲を搭載した1万トン級の中国海警船。世界最大級の巡視船とされる(海上保安庁提供)

平時の自衛権は自衛隊ですら発動できない。

 平和安全法制の時、本当はそれが一番議論されるべきだった。平時(グレーゾーン)の議論だったが、いわゆる限定的な集団的自衛権の議論が主となったため、野党が提出した領域警備法の議論はほとんど行われなかった。自衛隊が行う部分については議論が深まったが、海保との関係や、平時の自衛権行使に関する議論がなされなかった。

 今本当に問題なのは、有事の話ではない。相手が軍艦や公船という国家主体である船舶が乱暴狼藉を働いた際、対処する方法がない。日本は、今ここにある危機に対応できない国だ。

現状では尖閣諸島の防衛は困難だ。

 先日、インドと中国の国境で起きた小競り合いも、平時の自衛権行使であり、国家対国家の全面戦争には至っていない。70年前とは違う。毅然(きぜん)とした態度で対処しない限り、尖閣諸島は間違いなく中国の手に落ちてしまうだろう。

 海上保安庁では手に負えないと判断したら、海上自衛隊にスイッチする連携はできている。しかし「海上における警備行動」という警察行動だけでは自衛隊も対応に限界がある。武力攻撃事態と判断して「防衛出動」が下令されたら、それこそ中国との全面戦争を意味してしまいかねない。護衛艦の中東派遣は平時の自衛権を議論する良いチャンスだった。防衛省の槌道明宏防衛政策局長は「海上警備行動でも対応できません」と正直に答えている。

日本国憲法には自衛権について一言も書かれていないが。

 改正憲法に自衛隊、あるいは自衛権を明記する本当の意味も、そこにある。現状では平時において目の前にある危機に対応できないからだ。憲法9条は、戦争は嫌だという人と、戦争に負けるなという人が有事の話ばかりしているが、いま目の前で起きている事件に対する議論がなさすぎる。これはみな、法理論を知らないか、わざと知らないふりをしていると言わざるを得ない。国家の最優先事項は、国民を守ることだ。海上保安官だって漁船だってみな日本国民だ。

海上保安庁にも平時における自衛権の行使という概念は適用できるのか。

 「軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めると解釈してはならない。」と記載されている海上保安庁法25条がある限り、無理だろう。しかし、武器使用に関する20条の2項から、外国船舶についてのかっこ書き、軍艦と公船を除くとの記述を外すだけでもいい。この条文がある限り、海上保安庁巡視艇は退去要求しかできず、尖閣諸島周辺に「いる」だけと言わざるを得ない。中国がなめ切っているのはそこだ。

中国は今後、どう出てくるだろうか。

 もっとひどくなるだろう。南シナ海では、中国巡視艇がベトナムの漁船に体当たりし沈めている。日本の国際的地位や国力が高いから、日本には手を出さなかった。このままなめられていくと日本もベトナムと同じような扱いになるということだ。

(聞き手=政治部・岸元玲七)