海警法で独善的に管轄権主張ー元海保現場トップ
(公社)東京湾海難防止協会理事長 向田昌幸氏
中国が海警法を制定した狙いは。
そもそも中国には、歴史的に見ても国際法上も尖閣諸島の領有権を主張する資格はない。従って、領有権を主張する中国の海警船が、わが国の領海主権を常態的に侵害しているのは、「力を背景にした事実上の侵略行為」と言っても過言ではない。それなのに尖閣領海警備の現場では、共に「コーストガード」を名乗る日中の海上保安機関がそれぞれ自国の法と正義を掲げて領海の有効支配を守る側と攻める側に立って対峙(たいじ)し、互いに一歩も引くに引けない状態のまま一触即発の緊迫した攻防を繰り広げているのはおかしな話だ。
これこそ、まさに「力を背景とした事実上の侵略ではないか」という国際社会からの批判をかわしながら、徐々に日本の有効支配を切り崩し、やがて尖閣問題を日中間の領土問題化させようという、中国の狙い通りの展開になっている。そんな中国の本音を法的に正当化するために中国海警法を制定したということなのだろう。
こうした中国の狙いは、戦後日本が放棄した島嶼(とうしょ)などの帰属問題が未解決のまま、領有権を主張する関係当事国の間で「早い者勝ち、強い者勝ち」の様相を呈している南シナ海でも同様だ。
中でも中国は、力にものを言わせて南シナ海のほぼ全域を自国の主権または管轄権の及ぶ海域だと主張しているが、「力を背景にした現状変更の試みではないか」という批判をかわすため、中国海警法に基づいて海警船が国内法に則(のっと)って海上法執行活動を行っていると抗弁している。
中国海警法は、海警局に中国の「管轄水域」における海上法執行活動に際して一般の外国船舶のみならず外国の軍艦や政府公船(外国軍公船)に対しても「武器使用」その他の強硬措置を取る権限を与えている。この「管轄水域」こそ、中国が独善的に自国の主権または管轄権を主張している海域であり、南シナ海のみならず、尖閣諸島周辺海域も含まれるとみるべきだ。
つまり、中国海警法は、海警局に中国国内法に基づく海上法執行活動に従事する海上警察機関の仮面を被(かぶ)らせて、その仮面の下から軍事機関としての真の顔をチラつかせながら南シナ海問題の関係当事国や日本を牽制(けんせい)し、または威圧・威嚇しようという中国の本音を潜ませた、実に「巧妙に“爪”を隠した、したたかな法律」だと言える。
海警船への対応の難しさとは。
国際法は沿岸国の執行管轄権の対象から外国軍公船を免除しているため、外国軍公船による日本の主権侵害に対して海上法執行活動の一環として警察権で対処しようにも、有効な措置に限界がある。
ただ、国際法上は、沿岸国が自国領海内で「無害通航」に該当しない活動を行う外国軍公船に対し、その活動の中止または領海からの出域を求め、それも無視されたときは「沿岸国の保護権」を行使して「必要な措置」を取ることも認められており、武器使用その他の実力行使も否定されてはいない。しかし、わが国の現行法上、海上法執行活動においては正当防衛または緊急避難に該当しない限り、外国軍公船に対して武器を使用する法的根拠がない。
そのため、2001年12月に九州南西沖で海保の巡視船が北朝鮮の武装工作船とみられる不審船と銃撃戦になった事件を想(おも)い起こせば分かる通り、相手が発砲するまで手が出せないので、現場で対処する海上保安官は命懸けの対応を迫られることになる。このことは、「海上警備行動」により出動した自衛隊でも同様だ。
武力紛争の機会窺う中国
しかも、中国側は尖閣問題に関してまだ武力攻撃に出ているわけではないので、歴代政権が憲法9条の解釈に基づいて踏襲してきた現行の防衛政策(専守防衛と武力行使3原則)の下では自衛権を行使する段階ではないということなのだろう。たとえ実際に防衛出動を発令して自衛隊に対処させるにしても、そもそも海上警備行動で自衛隊を出動させることさえ、中国に人民解放軍を差し向ける口実に利用されかねないとして否定的な見方が大勢だから、その選択肢はもっとハードルが高いということになるだろう。
今年の2月に中国海警法が施行された際に日本国内では、海警船への対抗策として海上保安庁法を改正して海保に軍事的な「領域警備」任務を付与する案や「危害射撃」を認める案が湧き上がったが、そうした事情が背景にあったのかもしれない。
いずれにせよ、島の上陸占拠を狙うような武装集団に対しては、中国側に照会した結果、それが私人または素性の知れない集団なら兎(と)も角、海上民兵を含めて中国当局の指揮下にある公的勢力と見なして対処すべきであり、それらに対して実力行使に出れば、警察権と自衛権のどちらを根拠にしようとも、武力紛争に持ち込もうとじっと機会を窺(うかが)っている中国の術中に自ら飛び込んでいくようなものだ。そういう意味において、中国に対する力による対抗措置については、その先の事態をしっかり見据えた上で慎重に考えるべきだろう。
(聞き手=編集委員・池永達夫、政治部・川瀬裕也)
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