慰安婦問題ドキュメンタリー「主戦場」、「卒業制作」がプロパガンダ映画に
いわゆる従軍慰安婦を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」が、2018年10月に韓国で上映され、今年4月から日本でも全国各地で公開されている。慰安婦問題について保守系識者と左派系研究者などの双方が登場し、主張を戦わせるという触れ込みだが、出来上がった映画は一方的に保守の論客たちを誹謗(ひぼう)する「プロパガンダ映画」だった。出演した保守系識者は、「卒業制作」と聞いて協力したのに音声・映像を無断で商業映画に使われたとして、上映中止と損害賠償を求める訴えを起こした。
(社会部・石井孝秀)
「公平」「研究のため」と取材依頼の保守系識者に歴史修正主義のレッテル
上映中止と賠償求め訴訟に
同映画を監督したのは、米国フロリダ州生まれの日系米国人ミキ・デザキ氏。上智大学の大学院生だったデザキ氏は16年5月から年内にかけて8人の保守系識者に取材を申し込んだ。
一部の出演者に送られた企画書には「修士修了プロジェクトとして、『歴史議論の国際化』をテーマに、慰安婦問題に焦点を当てたビデオドキュメンタリーを製作」していると記されていた。中には「尊敬と公平さをもって紹介する」「偏ったジャーナリズム的なものになることはありません」とアプローチされた出演者もいたという。研究のためならと、全員が無償で申し出に応じた。
デザキ氏は18年1月に卒業制作を提出。その前年の17年3月に行ったクラウド・ファンディングで資金を集め、卒業後にも韓国や米国へ取材に行き、映画を完成させた。
その映画の冒頭では、画面に登場した保守系識者5人の上に「REVISIONISTS」という大きな字幕が貼られた。「歴史修正主義者」という意味だ。「新しい歴史教科書をつくる会」(東京都文京区)の藤岡信勝副会長は今年10月末、東京都内でのシンポジウムで講演し、「人生であまりない屈辱的な体験」と憤りを露(あら)わにする。「歴史修正主義者はホロコーストの否定・擁護など、社会的に抹殺されてもおかしくない意見の人間を指す。私たちは本当の歴史を否定するお尋ね者のように扱われた」
映画のパンフレットでは、「対立する主張の数々を小気味よく反証させ合いながら」と紹介されているが、実際は保守側の主張への一方的な批判が大半を占めた。反対に「慰安婦問題を報じた記者を攻撃し、侵略戦争で起きた酷(ひど)い出来事を報道させない萎縮効果を狙っている」など、支援側の主張を保守側に反論させるという構成にはなっていない。
出演した保守側識者8人のうち、藤岡副会長やタレントのケント・ギルバート氏ら5人は今年6月、デザキ氏と配給会社「東風」を東京地裁に提訴。「ディベートを僭称(せんしょう)する一方的なプロパガンダ映画」として、上映中止と計1300万円の損害賠償を求める訴えを起こした。
シンポジウムにビデオメッセージを寄せたギルバート氏は「商業映画であれば無償ではやらないし、企画書に全て目を通さなければ絶対に出演しなかった」と断言。原告団5人のほか、外交評論家の加瀬英明氏やジャーナリストの櫻井よしこ氏、杉田水脈衆院議員も映画に出演していた。
「主戦場」は日本語版のほか、英語版や韓国語版も制作されている。デザキ氏は今年11月から12月にかけてヨーロッパ各国で上映ツアーを行うなど、支援側の主張を積極的に海外へ発信している。
この問題で、藤岡副会長が「一番許せない」と語気を強めるのは研究倫理についてだ。「善意で協力して映画で言論リンチに遭うようでは、大学の研究協力者はいなくなる。日本の学術研究の存亡の危機だ」と警鐘を鳴らす。
藤岡副会長ら原告団は訴訟とは別に、デザキ氏や同大担当教官が研究協力者の人権を侵害したとして、8月に上智大学へ「通告書」を送っている。藤岡副会長のフェイスブックへの投稿によると、既に同大では予備調査が行われており、18日付で本調査の実施が行われることが決定したという通知があった。訴訟の行方、上智大学の対応が注目される。







