「理念国家・米国」を解せぬ中国
東洋学園大学教授 櫻田 淳
人権が対中批判の主軸に
米の「常識」体現する連邦議会
現下の米中「冷戦」との絡みで印象的なものは、中国共産党政府・企業・社会が、「中国でビジネスをしたければ、中国の意に添わぬことは黙っていろ…」という姿勢で、米国企業に露骨に圧力をかける風景である。その直近の事例が、ティファニーやアップルである。
弱腰NBAに批判の声
ただし、最も鮮烈な事例は、ダリル・モーリー(NBA〈ナショナル・バスケットボール・アソシエーション〉所属「ヒューストン・ロケッツ」のゼネラルマネージャー)が、香港市民のデモを支持する発言をした後、中国からの批判に晒(さら)されて謝罪した一件である。NBA上層部は、「市場」としての中国に配慮した故に、モーリー発言に伴う騒動の責任を彼に負わせるような態度を取ったのである。
もっとも、こうしたNBAの温(ぬる)い対中姿勢は、米国連邦議会からの批判を招いている。「ニューズウィーク日本版」記事(電子版10月8日)は、そうした議会の「声」を次のように伝えている。
「私は香港のデモ参加者に対する中国共産党の強圧的な扱いにモーリーが抗議の声を上げたことを誇らしく思った。しかし今、恥ずべきことに、NBAはカネのために態度を翻した」(テッド・クルーズ/上院議員、テキサス州選出、共和党)
「NBAが謝罪すべきなのは、人権よりも金銭的利益を優先するその厚顔無恥さだ」(ベト・オルーク/前下院議員、テキサス州選出、民主党)
「NBAの選手は、アメリカでは政治や社会問題について自由に発言できる。だが中国に対しては、NBA幹部が民主化デモを支持するツイートをしたことについて謝罪している。偽善だ」(マルコ・ルビオ/上院議員、フロリダ州選出、共和党)
中国の論理は、確かに対中ビジネスに直接に携わる面々を屈服させることができたとしても、米国の「常識」を体現する米国連邦議会の面々には受け入れられない。
米国連邦議会の面々が、この種の中国からの圧力に屈しないことを米国企業に要求する決議を出してきたら、どういうことになるか。存外、それは簡単に採択されるのではなかろうか。
米国ビジネス界に「利益」を梃子(てこ)にして圧力をかけようとする中国政府の姿勢は、米国連邦議会の「道徳」上の反発を招き、それは、米国政府の政策対応にも明確に反映されている。
たとえば、10月8日、米国国務省は、中国共産党政府が新疆ウイグル自治区で進めるウイグル族など少数民族への弾圧の責任を問うという事由で、中国政府高官や中国共産党幹部への査証発給を制限すると発表した。マイク・ポンペオ(米国国務長官)は、声明を発し、「弾圧キャンペーンを直ちにやめ、拘束した人々を解放するよう中国に求める」と表明した。
また、米国商務省は、これに先立つ7日、新疆ウイグル自治区での弾圧への加担を事由として、世界最大手の監視カメラ企業である「杭州海康威視数字技術」(ハイクビジョン)や「浙江大華技術」(ダーファ・テクノロジー)を含む計28団体・企業に事実上の禁輸措置を課すと発表した。
米国商務省は、これらの団体・企業について、「ウイグル族などイスラム教徒への抑圧や恣意(しい)的な大量拘束、ハイテクを使った監視といった中国の人権侵害に関わっている」と批判した。
米中対立、長期化の様相
現下の中国は、ジョージ・オーウェルが小説『1984年』で描いた「監視国家」の風景を出現させているけれども、米国は、そうした「監視国家」の下での人権抑圧を対中批判の主軸に据えようとしている。自由、民主主義、人権に絡む価値意識こそ、米国の「強み」なのである。
中国は、「理念国家・米国」の相貌を適切に解していない。米中対立が長引くと展望される所以(ゆえん)である。
(敬称略)
(さくらだ・じゅん)