軍事支出をめぐる米独の対立
日本大学名誉教授 小林 宏晨
「GDPの2%」拒む独
米は部分的撤退ちらつかす
欧州ではドイツほどに多くのアメリカ軍を受け入れている国は存在しない。しかし現在ではこの実績は高く評価されてはいても、将来の必要性については必ずしも双方から評価されていない。なぜか? 今般はこの現象について検討したい。
国際政治の現状では依然として「力による現状変更」を試みる勢力が存在する。それはなかんずく中国とロシアである。ロシアはウクライナの内戦に軍事介入し、しかも軍事力をもってクリミア半島を併合した。
北大西洋条約機構(NATO)のメンバー諸国はロシアに経済制裁を科したが、ロシアは一向にクリミア半島をウクライナに返却する兆しを示していない。
増額宣言したNATO
2014年9月のNATOウェールズ首脳会議宣言の最重要事項は、メンバー諸国が24年までにその軍事支出を国内総生産(GDP)の2%まで引き上げ、しかも将来に向けてこの割合の維持を義務付けていることである。
ところがドイツがNATOに約束した軍事支出は、24年度用でGDPの1・5%にすぎない。しかもドイツの中期予算計画では、20年度の軍事支出がGDPの1・37%、23年度の軍事支出がGDPの1・24%となっている。
この事実を知ったアメリカ側の不満は極めて大きく、アメリカ軍のドイツからの部分的撤退の可能性をちらつかせながら、ドイツ側に軍事費の増額を要求した。参考までにアメリカ側の主張の一部を挙げる。
「ドイツ駐留5万人のアメリカ軍の経費をアメリカの納税者に負担させ、ドイツの貿易黒字をひそかに享受できると期待することは極めて侮辱的である」(リチャード・グレネル駐独アメリカ大使)
「アメリカ軍のポーランドへの移転に際して、われらの友人ポーランドはポーランドの自己負担によるアメリカ軍基地の構築を提案した。アメリカの利用に徹している同盟国とは大違いだ」(ドナルド・トランプ・アメリカ大統領)
「ポーランドは、NATOに約束した防衛支出のGDPの2%への引き上げを既に履行した。これに対して欧州一番の経済規模を誇るドイツはいまだにこの約束を履行していない。従って、アメリカ軍のドイツからポーランドへの部分的移転は歓迎される」(ジョーゼット・モースバッハー駐ポーランド・アメリカ大使)
18年夏、トランプ大統領は、メンバー諸国が即時に防衛支出をGDPの2%まで引き上げない場合は、アメリカのNATOからの脱退も排除されない、と宣言した。しかし、メンバー諸国の反応はゼロに近かった。
なお19年のアメリカの防衛支出のGDPとの割合は3・39%である。やはりアメリカは頑張っている。
トランプ大統領の祖父はドイツ人であった。大統領はこの事実を指摘しながら、自分はメルケル・ドイツ首相を尊敬しているが、「ドイツは必要な防衛支出を行っていない」と述べる。
確かに現在、ドイツとアメリカの関係は最上ではない。ドイツでは現在、連邦議会に議席を有する政党の圧倒的多数はアメリカの現政権に好意的態度を示していない。わずかに連立与党のキリスト教民主・社会同盟が時々、多少友好的態度を示すのみである。
防衛費の増額については実質非協力、ロシアとのエネルギー協定ではアメリアの憂慮を実質無視、そしてペルシャ湾での有志連合には参加せず。これが現在のドイツの態度である。
ポーランドと蜜月の米
ポーランドには現在アメリカ軍4000人が駐留しており、ポーランド側はさらに2000人の追加を望んでいる。ロシアの脅威は、現在のポーランド人の骨身に染みているようである。
ドウダ・ポーランド大統領は、アメリカ軍基地を「トランプ砦(とりで)(Fort Trump)」と呼ぶ予定にしている。アメリカとポーランドの蜜月は現在進行中である。
(こばやし・ひろあき)






