米国とイランのチキンレース

ロシア研究家 乾 一宇

友好国巻き込み危険度増
中東での影響力拡大狙う中露

乾 一宇

ロシア研究家 乾 一宇

 日本の原油輸入に大きな影響を与える中東で、アメリカとイランがチキンレース(度胸比べ)を展開している。外交・経済面ばかりでなく、原油タンカーの拿捕(だほ)や攻撃も実際に起こっている。

 安倍首相も両国の仲裁役を演じたりしているが、簡単に解決しそうにない。

 経済制裁の強化や武力を誇示するアメリカ、周辺国・武装組織を支援して混乱を起こすイラン。同盟国アメリカに働き掛けるイスラエル、サウジアラビア。イランを支援するロシア、トルコ、それに中国。中東各地の内戦にも影響を及ぼし、危険度が増大している。

深刻な経済制裁の影響

 かつてのアメリカとイランは、エネルギー資源を中心に親密な関係にあった。

 イランの民族主義政治家モサデグ首相(当時)が石油国有化を強行したが、国王派が米中央情報局(CIA)の協力を得て、1953年、軍事クーデターを起こし、これ以降イランはアメリカへの従属を深めていった。米国の後ろ盾の下、当時のパーレビ国王は“近代化”を進めたが次第に強権的になり、民族主義は米国の干渉で挫折した。誇りあるペルシャ人の末裔(まつえい)は、米国に民族主義を抹殺された屈辱感を今も忘れていない。

 国王の“近代化”は抑圧と窮乏しか生み出さず、イラン革命へと至る。革命指導者ホメイニ師が超法規的な“最高指導者”となり、イスラム的規律の復活など、宗教色と民族意識の濃い内外政策をとり、シーア派のイスラム革命の輸出を標榜(ひょうぼう)した。イランは国外逃亡した国王の身柄引き渡しを米国に要求したが実現せず、その反動の一つとして79年のテヘランの米大使館占拠事件となった。

 イラン・イラク戦争(80~88年)での米国のイラク支援は、国家の存亡に関わることで、米国はまさに「大悪魔」である。戦争中、米海軍巡洋艦ミサイルによるイラン民間機撃墜事件も忘れることはできない。

 トランプ米大統領は、選挙公約のイスラエルのエルサレムに米大使館を移し、イランとの6カ国核合意から昨年5月離脱した。この合意は国連安保理も承認した国際合意で、イランはこれを順守していた。トランプ氏は、西側諸国にイランとの取引をやめるよう圧力をかけ、イランへの経済制裁を強化させた。イランは、ウランの濃縮度を引き上げ、米無人偵察機撃墜など、チキンレースが始まった。

 アメリカは、5月に空母打撃群や戦略爆撃機を派遣し、“有志連合”を呼び掛けている。イランにとって、経済制裁からの脱却が核合意の大きな理由であった。制裁慣れしているとはいえ、経済への影響は深刻である。

 核合意に激しく反対したイスラエル(人口約870万人)とサウジ(約3000万人)は、イラン(約8000万人)打倒を改めて目指す。イスラエルは軍事的に優れ、優秀な兵器・システムを持っているが、人口に問題がある。サウジは豊富な石油資源に恵まれ、無税国家として王制を維持してきたが、米国のシェールオイル生産で財政的に限界を見せ始め、独裁と圧政が民衆の反感を買う恐れが生じている。また、サウジは近代兵器を米国から購入しているが、高度な兵器を運用する能力にも劣る。

 一方、イランは、革命防衛隊が精鋭かつ資金も豊富で、中東各地のシーア派民兵・武装組織やシリア国軍を支援しているが、多年にわたる経済制裁により、市民生活の窮乏が反政府行動に移る恐れがある。

仲介役必要だが不透明

 中露は米国の衰退を見て、中東に影響力を浸透させている。しかし、自らは火中の栗を拾うのでなく、情勢を見極めつつ徐々に影響力の拡大に努めている。北大西洋条約機構(NATO)の一員であるトルコが、米・露と巧みに取引を行っている。特に露製防空ミサイルを購入したり、シリア国境でのクルド人問題でロシアに接近している。

 アメリカ、イランとも戦争は望まないものの、それぞれの友好国を巻き込み、危ないゲームを繰り広げている。仲介役が必要であるが、現状では不透明である。

(いぬい・いちう)