文大統領が曺国氏を法相任命強行


退任後の報復逃れを視野?

 韓国の文在寅大統領は9日、家族らの不正疑惑で物議を醸している曺国・前青瓦台民情首席秘書官の法相任命を強行した。野党は猛反発し世論悪化も必至だが、文政権がそれを覚悟の上で曺氏を擁護した理由に関心が集まる。表向きは権限が強大化した検察に改革のメスを入れるためと言われるが、文大統領が退任後を見据え、政権交代で繰り返される政敵からの政治報復を逃れたいとの思惑も働いている可能性がある。
(ソウル・上田勇実)

検察改革口実に制度的担保
文氏後継の次期大統領候補

 先週、曺氏が業務処理能力はもちろん価値観や道徳基準、人間性に照らし合わせても法相に相応(ふさわ)しいか否かを見極める国会人事聴聞会が開かれた。そこでは法制司法委員会に所属する与野党議員と曺氏による質疑応答が計10時間以上にわたり行われた。

曺国・新法相

9日、ソウルの自宅を出る韓国の曺国・新法相(EPA時事)

 曺氏の娘の名門大学入学と奨学金受給の経緯、家族ぐるみの私募ファンド投資などをめぐって数々の不正疑惑が指摘されたが、今後の去就を尋ねる野党議員に曺氏は「自分だけの問題ではないので私の一存では決めかねる」と述べた。

 これに対し議事進行を務めた野党議員は語気を強めて「ではいったい誰と決めるのか」と真意を問いただした。あたかも法相就任は誰かの強い指示や要請を受けたものなので、どんな不正疑惑の追及にも最後まで耐え抜く決意を固めているような印象を与えたからだ。

 疑惑が次々に浮上することから「玉ねぎ男」の異名を持ち、妻が検察から強制捜査を受けた末に在宅起訴までされた曺氏を、文政権はなぜ最後までかばったのか。

 保守系の最大手紙・朝鮮日報のある論説委員は曺氏の法相任命前、動画共有サービス「YouTube」に開設した自身のチャンネルでこう指摘していた。

 「文在寅氏は2010年、曺氏が共著の『進歩執権プラン』という本を読んで感動し、曺氏に直筆の手紙を書いた。その後、文氏は自身の著書に関するイベントに参加した曺氏に『法相には長い期間にわたり検察改革の権限を与えるのが望ましい。曺国教授、法相になるつもりはないか』と持ち掛けた。この思いが今も変わっていないとすれば、文氏は曺氏を最後まで法相に起用しようとするだろう」

 検察改革の柱は強大な権限を分散させ、時の政権の意向を受けて捜査方針を決めてきた悪弊を是正し、捜査に独立性を持たせようというものだが、裏返せば保守派に政権交代したときに自分たちが政治報復されないようにするための制度的担保を作り上げるためでもある。

 実際、曺氏はまず青瓦台で司法監視などを担当する民情首席秘書官として検察改革の準備を進めていた。その後、法相として改革を仕上げてもらうというのが文大統領の構想だったと言われる。

 また曺氏の法相起用は次期大統領選をにらんだ布石との見方もある。政治評論家の黄泰舜氏は、間もなく5年任期の折り返し点を迎える文大統領が「自分の後継者として曺氏に次期大統領選出馬の準備をさせようとしている」と述べた。

 与党・共に民主党の地盤はもともと南西部の全羅道だったが、近年、「東進政策」を進めている。南東部の慶尚道でどれだけ支持を得られるかが勝敗を左右する一つの要因となっているためだ。同党は「慶尚道出身である盧武鉉氏、文在寅氏で大統領選に勝利しており、文氏も慶尚道出身の曺氏などを擁立することで政権再創出の構想を描いている」(黄氏)という。

 前述の国会人事聴聞会では検察出身で保守系の最大野党、自由韓国党の金鎮台議員が曺氏に対し「社会主義から思想転向したのか」と詰め寄ったが、事実関係を確認できる答弁はなかった。

 曺氏は1993年、左翼学生運動出身者らによる反国家団体「南韓社会主義労働者同盟」が社会主義革命で国家転覆を謀ろうとした事件に関わり、その理論武装となった利敵表現物の制作・販売に加担した国家保安法違反の容疑で起訴され、大法院(最高裁)で懲役1年執行猶予2年の有罪判決を言い渡された過去がある。

 国家保安法違反の前科者、それも転向の有無が明確でない曺氏の法相就任は、韓国の自由民主主義体制が内部から揺らぎ始めるという意味で深刻な問題と言えよう。