中国の覇権助ける日本の支援
拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ
同じ過ちを繰り返すな
国家存亡への認識欠く日本人
この原稿を書いている最中も各政党は参議院選挙で有権者の支持を得るためにさまざまな目先の甘い言葉を乱発して訴えている。年金問題や教育の無償化、消費税10%の是非などがそうであってどれも今、受けの良い言葉ばかりである。国家の基本的な問題や教育の目的そのものに触れる候補者は見当たらない。例えば現在の教育の副産物として生じているさまざまな衝撃的事件などの原因について言及している候補者も見当たらなければ、国家の安全保障についても大きな焦点にはなっていないように思う。
中国民主化への道塞ぐ
現在も日本の領海を中国が侵しているのに、それに対する強い抗議の声も聞こえなければ、対策や政策を口にする政治家も見当たらない。むしろ逆にメディアなどを見ると米中の対立が激化する中、日本がそれを利用して北京と仲良くすべきだという論調すらある。アメリカの制裁が効いて中国の経済成長が鈍化しているにもかかわらず、日本はその中国を助けるべきだという同盟国を裏切るような行動を促し、中国と日本において特定の世論調査機関のデータを巧みに利用して、日本のことを好ましく思う中国人民がここ最近急に増えていると強調している。
中国覇権の象徴的大プロジェクトである「一帯一路」イニシアチブがアジア・アフリカにおいて後退気味であり、外資系のみならず中国の富裕層も海外に資本と会社を移転しているのに、日本は逆に中国への投資を増やすべきだというおめでたい財界人も現れている始末である。
かつて日本は中国にとって民主化を勝ち取る大きな転機であった天安門事件後の世界の経済制裁時も、世界の潮流に反し北京政府を救うことによって当時13億人の中国人民の民主化への道を塞(ふさ)いだ。今回の日本の行動も同様の結果を生むことになり、結果的に習近平共産党の独裁を救済し中国の世界覇権を助成する結果となろう。人間は一度過ちを犯しても許されるが、二度も同じことを繰り返すことは愚かか、または悪意に満ちた意図的行為として受け止められる。
中国の戦略的工作によって日中は1970年代の友好ムードを再現すべきだと本気で信じている政治家は、自国の長期的国益ならびに国家の存亡に対する認識が欠如しているとしか言いようがない。ただ残念ながら政治家のみならず国民も8%しか安全保障や外交問題には関心がないという報道から見ても、日本人は国家によって守られているという国民としての意識も希薄である。これは教育にも問題があるのではないかと私は痛感している。
教育の無償化は全ての国民が高度な教育を受ける環境を与えるという意味では評価しないわけではないが、もっと大切なことはその教育の内容をいかにすべきかを論じることであろう。日本の強みの一つは科学と技術の進歩であることも否定できないが、一方では機械的で有能なロボットばかりを作るのではなく、もっと人間としての感情や善悪の区別を付けられる人間としての倫理や道徳も重視することが国の発展と世界の平和のために必要ではないだろうか。人間性や経験など先祖代々受け継がれて来たものを子孫に継承できるような教育体制を整え、社会の秩序と平安に寄与し得る教育現場の教師たちの人材育成にも重点を置くべきである。
教育の場に人文科学を
つまり人文科学を教育の現場に戻し、自然環境と調和した形で進めるべきである。人間の幸せは物質的な豊かさや人工知能(AI)の発達だけでは得られず、無形の精神性、例えば哲学、歴史、伝統などとのバランスの取れたところに真の平和と繁栄がある。本来、日本は物質・精神両面のバランスの取れた社会として発展してきたはずである。科学を重視するようになってから客観的ということだけが重要視され、主観的、あるいは人間の特質としての感情を否定的に見てきたせいで昨今の育児放棄、近親殺害、通り魔事件などが頻発していると感じるのは私だけであろうか。