防災コストと「国難」への備え

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授 濱口 和久

必ず起きる首都直下地震
一極集中が財政破綻招く恐れ

濱口 和久

拓殖大学防災教育研究センター長・特任教授
濱口 和久

 首相官邸で6月11日、大規模災害に備えた国土強靭(きょうじん)化推進本部会合が開かれ、今年度の「国土強靭化年次計画」が決定された。

 計画では、昨年の西日本豪雨の教訓から、氾濫(はんらん)による甚大な人命被害が懸念される全国の河川で、堤防の強化やかさ上げを急ぐ。洪水の恐れがある全市区町村には、最大規模の被害を想定したハザードマップの作成と防災訓練の実施を促している。台風21号の強風の影響で大阪府を中心に多くの電柱が倒れ、長期間にわたり停電したことを受け、電柱の地中化を進める自治体への財政支援を充実させる。北海道胆振東部地震では、道内全域が停電(ブラックアウト)し、道民の生活に大きな支障が出たことを踏まえ、太陽光発電などから事業所に電力を供給するシステムを普及させる。災害拠点病院や救命救急センターなど全国125施設程度について、自家発電機の増設や更新を進めるための支援などが明記された。

日本発の「世界恐慌」も

 また計画では、防災・減災対策に関する国と自治体、民間の連携強化にも言及。防災のための事業計画を作成した中小企業に対し、税制上の優遇や財政支援を行うことも盛り込まれている。

 いつ起こるか分からない災害に対し、コストをかけることに否定的な人もいるだろう。だが、東日本大震災の教訓から言えることは、災害が起こる前の防災・減災対策コストよりも、災害が起きてからの復旧・復興コストの方がはるかに大きいことを、私たち日本人は学習した。災害大国・日本の防災・減災対策に完璧な対策はない。しかし、被害の低減や犠牲者を減らすことは可能なはずだ。

 将来、首都直下地震は必ず起きる。内閣府は首都直下地震による経済的被害額を約95兆円と見積もっている。ほぼ国家予算に匹敵する規模だ。世界の歴史をひもといても、これだけの規模の被害が出る災害は、どこの国も経験したことがない。被害規模が大きくなるのには理由がある。政府機関を含め、あらゆる分野の施設・組織が首都圏に一極集中しているからだ。

 では、首都圏とは、どこまでの範囲をいうのか。国が定めた首都圏整備法では、東京都を中心とする約150キロ四方の範囲としている。つまり、茨城・栃木・群馬・山梨の4県も首都圏に含まれる。そして、日本の人口の3割に相当する約4300万人が暮らしている。首都圏は世界に類を見ない人口過密地域なのだ。人口が多ければそれだけ被害は甚大となる。

 日本は、大正12(1923)年9月1日に起きた大正関東地震(関東大震災)や、大東亜戦争の焼け野原から見事に復興し、今日、世界有数の経済大国の地位を築いた。首都直下地震が起きたとしても、同じように復興し、引き続き経済大国の地位を維持することができると思っている日本人もいるかもしれないが、果たしてそうだろうか。

 首都直下地震が起きれば、最悪の場合、日本の財政が破綻を来すことも考えられる。世界中はネットワークで繋がっており、首都圏が壊滅的な被害となれば、日本発の「世界恐慌」が起きる可能性だってある。

 政治・行政や金融・経済活動が過度に集中する都市や地域が、巨大地震に見舞われた場合に、国家の存続(国力の維持)がいかに難しいか……。1775年に起きたリスボン地震を境として、ポルトガルが衰退した事例からもうかがえる。

防災・減災が唯一の対策

 土木学会が平成30年6月7日、「首都直下地震や南海トラフ巨大地震が起きたあとの長期的な経済被害の推計」を発表した。事前対策や備えを何もしない場合、地震の後の20年間の経済被害は、最悪の場合、首都直下地震の場合で778兆円、南海トラフ巨大地震の場合で1410兆円に上るとした。まさに「国難」だ。

 人間の力では巨大地震が起きることを防ぐことはできない。「国難」規模の巨大地震に立ち向かうためには、国から個人レベルに至るまで、被害を可能な限り最小にする防災・減災対策しかないということを、日本人一人ひとりが認識すべきである。

(はまぐち・かずひさ)