安保問題に進んだ米中角逐
拓殖大学名誉教授 茅原 郁生
内政課題に縛られる中国
求心力強化狙い台湾侵攻も
米中間の角逐激化は止どまるところを知らず、収束の目途は立っていない。米中角逐は貿易摩擦から端を発したが、米国の貿易赤字解消を越えて安全保障や宇宙開発を含む次世代先端技術の覇権闘争にまで発展する趨勢(すうせい)にあることは既報(本覧拙稿4月14日付)の通りである。
最終段階で収拾案拒絶
振り返って、昨年12月1日に実施された米中首脳会談において、知的財産権侵害の改善協議の継続を条件にトランプ米大統領は制裁関税引き上げ発動で90日間猶予を決めた。それは米中間のそれまでの南シナ海での自由航行作戦、習近平中国国家主席の「保護貿易主義批判」などの対決事態を克服しての成果であった。実際、その後の米中閣僚級会談が相互訪問して重ねられ、4月初頭には訪米した劉鶴副総理と面談したトランプ大統領は早期解決を示唆する楽観的な見方さえ見せていた。
にもかかわらず米中間の角逐は再び激化を見せてきたのはなぜか。それは中国側の情勢見誤りというより、習主席の権力掌握がなお不十分で、政権の基盤の弱さと見た方がよかろう。推測ながら米中閣僚級会談の終わりに近い段階で政治局内にトランプ案をのむことに異論が出て拒絶に至り、中国側の姿勢変換に激怒したトランプ大統領の関税25%に引き上げの第4次制裁の引き金となった。
これに対してメンツを重んじる中国も6月1日に報復として、6・6兆円相当の米産品に対して25%関税を課してきた。このように米中角逐は再び貿易戦争に戻ったが、第2ステージとも言うべき次世代の先端技術の覇権戦争が進んでいた。
しかしここに来て米中角逐の第3段として安全保障問題が「アジア安全保障会議」の場で浮上してきた。アジア安保会議はシンガポールで毎年開催されるものであるが、今年は中国から8年ぶりに国防相が参加して米中角逐の舞台となった。6月2日にシャナハン米国防長官代行は対中認識を「中国は軍備近代化や戦略的な経済手法を通じて自らの利益に沿う形で地域秩序を変革しようとしている」とし、中国の軍拡や海洋進出の脅威性を指摘して「米国は自由で開かれたインド太平洋地域に永続的に関与する」と対抗姿勢を鮮明にし、対中包囲網構築を提案した。
シャナハン演説は中国に対しても協調的な姿勢を求めるとともに自由で開かれたインド太平洋地域への関与としてインフラ整備支援、台湾の自衛能力支援、日本、豪州との同盟関係の強化を訴えた。その上で、対応の柱として同盟国やパートナー国との連携強化やアジア諸国の協力推進を訴え、国際ルールに沿った秩序維持擁護の安全保障のネットワーク化を呼び掛けた。そこでは中国が力を背景に主権侵害をしないよう米国の支援だけでなく、各国にも主権を守るよう独自に決断できるよう能力獲得に投資をするよう促していた。
これに対して、翌3日に中国の魏鳳和国防部長は演説で台湾問題を前面に出し、主権と領土の問題として「中国軍はいかなる代償を払っても戦うことをためらわない」と声を張り上げて米中の対決を際立たせてきた。これまでトランプ政権による台湾旅行法や武器売却の拡大などが中台関係を緊張させただけでなく、中国軍機も海峡の中間線を越える挑発など緊張を高める事件を続発させていた。
民主化の動きに苛立つ
台湾を「核心的利益」とする中国は武力発動の3条件も明示しており、8年ぶりに国防部長を参加させての戦争辞せずの発言は不気味である。ましてや天安門事件30周年を迎え中国内でネットを通じて静かに広がる民主化運動のうねりも習主席や中国指導層を不安にし、苛立(いらだ)たせている。先の貿易戦争収拾を目前にした内政理由からの拒絶もあり、天安門事件の中国内での事態推移によっては習政権の求心力強化のために台湾に侵攻する可能性も皆無ではなく、中国の内政要因の影響も注意深く見ていく必要が増してきた。
また先のアジア安保会議では、日米韓防衛相の会談も北朝鮮問題が主テーマに開催されたが、実は台湾問題もまた重要なテーマとして協議・検討の必要が浮上しているのではないか。
(かやはら・いくお)