米中デジタル覇権争いの行方
仏CNAMセキュリティ防衛リサーチセンター上席フェロー 新田 容子
目的違い激化望まぬ両国
専門用語集作成や情報共有を

にった・ようこ 日本安全保障・危機管理学会上席フェロー。インテリジェンスおよびロシア担当。2016年2月まで防衛大学客員研究員。米、英、仏、独と連携するサイバーG5(知的所有権窃盗等)専門家会合の委員。仏CNAMセキュリティ防衛リサーチセンター上席フェロー。
米中関係は今後、貿易の分野、強制的な技術移転およびサイバー攻撃を手段とした技術窃盗の分野などで協調あるいは対立の方向に突き進んで行くのか。5G(第5世代移動通信システム)への参入をめぐり各国がしのぎを削る中、デジタル覇権の争いはどこに落とし所を見つけるのか。ファイブアイズ(機密情報共有ネットワーク)間でさえ、中国の大手通信企業ファーウェイを政府調達から排除するか否か、中国との経済関係悪化を懸念する英国の情報当局が足並みを揃(そろ)えず、コンセンサスが取れない。単に国内総生産(GDP)世界第2位と台頭した中国と、世界の軍事大国であり国際秩序の旗振り役を担ってきた米国との競合だけの問題ではない。
デジタル覇権を握ることは今後の国際社会、世界市場で先行するのと同時に、内政を安定させ権力の基盤を揺るぎないものとする鍵となる。現状は戦略でサイバーエスピオナージ、人工知能(AI)、量子コンピューターの分野で相手国を脅威とみなし、互いを牽制(けんせい)しており、サイバー攻撃やサイバーエスピオナージの動きは止まらない。
標的となるイスラエル
中国の対外直接投資動向でイスラエルのハイテク企業の買収が数年前より顕著だ。イスラエルの諜報(ちょうほう)機関は、F35などの最新鋭ステルス戦闘機やアロー弾道ミサイル防衛システムを開発するボーイングをはじめとする米国の大手軍需産業とタイアップしているイスラエルの企業が中国のサイバーハッカーたちの標的になっていることにようやく気付いた。中国はイスラエルを米国の軍機密プログラムにアクセスできるバックドアとみなしている。世界のサイバー戦争強国であるイスラエルでさえ投資という甘い蜜の罠(わな)にかかったのは、強い市場を持つ国になびく現状をよく表している。
最近では中国のハッカーたちが最新の超音速対艦ミサイルの計画を含め、米海軍の軍事機密データに侵入するなど逆に対米包囲網に乗り出していること、また、海事技術に関わる米国の大学を狙っていることが発覚している。
しかしながら、米中両国ともサイバー軍事において何とか安定化させようとしている。互いにエスカレーションを続け、軍備管理が手の届かないところにまで持って行くリスクは何としても避けたい。サイバー軍事を議論する国際会合の現場では、両国が互いに懐疑的な中、警告を発しつつも何とか自国のアプローチを相手に理解させようと躍起になり、「相互信頼」が大切と繰り返す(中国側)。
3月15日、全国人民代表大会で外資の技術の強制的な移転を禁じる「外商投資法」を成立させた。米中摩擦の背景にある強制的な技術移転を禁止する条項では、「行政手段を用いて技術移転を強制してはならない」ことなどを盛り込んだ。強制技術移転とサイバー攻撃を通じた技術窃盗、知的財産権、サービス、為替、農業、非関税障壁の6分野で覚書が準備されている。米中両国政府は北京で3月28、29日の2日間にわたり、貿易協議を再開した。李克強首相は米中間で信頼の喪失にならないよう双方が努力すべきだと述べた。
楽観視できぬ共同研究
何が両国にズレをもたらしているのか。米国にとっての特別な関心はサイバー空間であり、中国にとっては「中国製造2025」構想にも示されている情報化だ。この相違の原因は異なる社会的価値観にある。政府の役割、党のサイバー空間管理、言論の自由(検閲)、市民のプライバシー、サイバー主権において両国は根本的に異なる。加えてサイバーの軍事化、サイバー戦争に国際法をどう応用するのか、サイバーエスピオナージの正当な範囲と目的においての考え方も異なっており、両国のサイバー空間の共同研究は楽観視できるものではない。
改めて奨励したいのはサイバーの専門用語の用語集の作成、サイバー空間操作行使の自制、日常的および緊急時の2国間の情報共有と調整、主要な軍事活動の通知メカニズムとチャンネルの強化、情報通信技術(ICT)や産業防衛システムの製品やサービスの整合性の保証、それを支えるサプライチェーンの保証だ。これらに取り組まずして両国間の相互信頼の情勢などあり得ない。





